第63話 プレゼントが来た
「ふむ……さては杉野、なにかいいことがあっただろう? あぁ、私にはわかるとも。杉野マイスターであるこの私にな!」
「店長はいつから俺のマイスターになったんですか……」
「杉野が生まれた時に」
「あんた俺の出生立ち会ってないでしょうが!」
俺が声を大にしてツッコむと、喫茶店『憩い』の店長――紅葉楓さんは「バレタカー」と棒読みしながら額に手を当てる。動きがいちいち大げさで、なんとなくバラエティに出てくる芸人さんみたいだ。
黒く長い髪は現在お団子状にしてあるが、白いコック帽を外せば腰に届きそうなほどに長い。見た目的には大学生の静香さんと同年代に見えるほど若いけど、実際のところは三十――いや、心の中だとしてもこれ以上はやめておこう。まぁ、美人である。
本日は日曜日。時刻は夕方の四時半。
普通の喫茶店ならば客が入っていてもおかしくない時間なのだが、俺はいつも通りテーブルと床の掃除に精を出していた。平日の昼間には常連さんがわりと来ているらしいから、まぁそれでバランスが取れているということか。
それから店長が「冗談はさておき」と話を切り出してきたので、俺は掃除する手を止めて顔を上げた。
「昨日も今日も二人組の女性客相手に対応できていたしさ、苦手は治ったの?」
カウンターに肘をついた体勢で、店長はそんなことを聞いてくる。
「マシにはなりましたね。完全に克服したってわけじゃないですけど……これからは多分店長に変わっていただかなくても大丈夫だと思います」
俺がそういうと、店長は「それはよかったな」と笑顔になった。
「きっかけはやっぱり前にきた学校の子たち? そういえばなんか不思議な座り方してたけど、アレなに? カップルとその他みたいな」
「俺に気を遣ったらしいですよ」
店長の言う『カップルとその他』という表現も間違っていないような気はするが、これに関しては現状では違うということで。時間の問題のような気もするけど。
「そこまでしなくても別に良かったんですけどね。小日向は――あぁ、一人で座ってたその他のほうの子なんですけど、あいつは本当に喋らなくて、俺にとってはめちゃくちゃ居心地のいい女子なんですよ。だから、女性に慣れてきたのは小日向のおかげってのが大きいと思います」
もちろん景一や冴島、そして薫や優なんかの積み重ねのおかげでもある。
でも、一番大きなきっかけとなったのは、やはり小日向だと俺は思うのだ。
最近は居心地が良いというよりも、心臓をバクバクとさせられることが多いけれど、嫌な気分になるということは一切ない。幸せである。
昨日のバイト終わりにも『おつかれさま』とわざわざチャットしてきてくれていたし、なんだか本当にカップルになった気分だ。
そう思っているのはおそらく俺だけというのが、実に空しいのだが。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
バイトが終わり、マンションへと帰宅。時刻は夜の九時過ぎだ。
なんだか最近はずっと小日向と過ごしてばかりいたから、一人の夜というのは実に久しぶりな感じがする。気楽な感じもするけど、何か物足りない気もする。
たかだか一週間ともに過ごしただけだというのに、小日向がいないと違和感を覚えてしまうのか……彼女はもともと無口だから、いても居なくても静かなことには変わりないのに。不思議だ。
風呂から上がり、ベッドに横になってスマホでネットサーフィンをしていると、チャットの通知がきた。
景一か小日向だろうか――そう思ってアプリを開くと、相手はなんと小日向姉――静香さんである。
「なんだろ」
疑問に思いながら文章を確認してみると、『智樹くん今家だよね?』とのこと。
なぜそれを聞くのかはわからなかったが、とりあえず俺は家にいることを伝えた。すると、静香さんから『ちょっとお届け物があるから今から持って行くねー!』と返信がくる。そして追加で、十分後に着くからエントランスまで降りてきてほしいと伝えてきた。
「お届け物ってなんだ? 親戚から果物を大量に貰ったとか?」
そんな疑問の言葉を呟きながらも、俺は身支度を整える。といってもシャツの上にジャージを着るだけだが。
やっぱり、食べ物系かなぁ……一人暮らしの俺としてはとてもありがたいが、ちょっと申し訳ない気にもなる。食費が浮いた分、小日向に何かおごって還元すればいいだろうか。
というかわざわざこんな夜遅くにもってこなくても……明日小日向から学校で聞けば、帰りに立ち寄ることもできたのに。もしかして足がはやい生ものだったりするのか? 俺、もうバイト先で夜ご飯食べたんだけども。
楽しみ半分、そして申し訳なさ半分を抱えて、俺はエレベーターを使ってマンションの入り口までやってきた。
それから外で待つこと一、二分。見覚えのある車がマンションの前に停車し、窓から静香さんが手を振ってきた。
小日向は……いないっぽいな。残念。
「こんばんは智樹くん、夜遅くにごめんね~」
「いえいえ、わざわざありがとうございます。というかお届け物って何ですか? あまり高価なものだとさすがに申し訳ないんですけど」
「大丈夫大丈夫~」
静香さんはそう言って、ヘラヘラと笑いながら車を降りると、後部座席のドアを「よいしょ」と開ける。助手席にはおけない感じの荷物なのか? 結構大きめだったり?
重たい荷物だったら俺が出したほうがいいよな――そう思って車へと足を進め、車の中を覗き込んでみると、そこには白い布袋に包まれた大きな謎の物体があった。
「………………」
俺は無言である。言葉を失ってしまったと言ってもいい。
ソレは大きな白い布で包まれているのだが、これはラッピングと言ったほうが適切だろうか。上の開口部らしき部分は大きな赤いリボンで蝶々結びされているし、布部分には星型やらハート形のシールがいたるところに張り付けられている。
そして何よりも無視できないのが、布の底のほうからどこかで見たことのあるようなピンクの布地の衣服を身に着けた足が二本、にょきりと飛び出しているのだ。ご丁寧にシートベルトまでしてあるお届け物である。
俺は無言でその光景を見ながら、飛び出している足をぺチと叩く。すると袋全体がもぞもぞと動き始めた。はい可愛――じゃなくて。
本当になにがしたいんだよ、小日向一家……。
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