第66話 もはや同棲
試験後の授業は、だいたい答案用紙の返却、そして正答率の悪かった問題の解説に充てられる。
中学の頃だと、この時間はとても騒がしくて教師の話を聞いている人なんて半分もいなかったのだが、高校生になったからなのか、それとも偏差値が高めの高校だからなのかはわからないが、比較的みな真面目に解説を聞いていた。小日向はちらちらと俺を振り返ってふすふすしていたけども。
そして試験が終わったことで、いよいよ体育祭の準備も本格的に始まった。
とはいっても、去年一年すごした感覚からして、桜清学園の体育祭は「とりあえずやっとくか」程度のもので、気合の入った生徒はごく一部しかいない。どちらかというと、秋に行われる文化祭に本気を出していたような印象だ。
実行委員を除いたクラスメイトは、適当に出場する種目を決めて、それにちなんだ練習を数回するだけ。あとはほとんど行進の練習など、全体的な見栄えを重視したものである。
「じゃあね小日向ちゃん、杉野もまた明日~」
「杉野くん小日向ちゃんをよろしくねーっ! ちゃんと道路側を歩くんだよーっ!」
実行委員の会議に向かった景一を見送り、小日向とともに帰宅しようとしたところで、クラスの女子二人からそんな風に声を掛けられる。
一年の時や、このクラスになって間もない頃にはこんな風に声を掛けられることはなかったけれど、今はわりと普通に話しかけられるようになった。俺が避けていたからとか、相手が小日向だからとか色々理由はあると思うけど。
「はいよ、また明日な」
「…………(コクコク)」
女子二人から声を掛けられたというのに、背筋に嫌な感じはしない。
おそらく俺の身体が、『女子は危険な人ばかりではない』ということを理解し始めているのだと思う。
そりゃこんなにも可愛らしくて、俺の苦手を刺激しない子がずっと傍にいるのだから、理解もするだろうよ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
校門から出た瞬間に小指を握られ、そのまま二人で俺の家を目指す。
試験期間の時のように特別用事があるわけではない。強いて言えば「用事がないから集まった」と言った感じだろうか。試験後の月曜日から金曜日までの間、小日向はこうして毎日俺の家にやってきている。
そして映画を見たり、ゲームをしたり、だらだらと過ごしたり……さすがに泊まることはないし、暗くなる前には家に送り届けているけれど、共に過ごす時間が格段に増えているということは事実だ。
しかも景一や冴島を加えた四人ではなく、実行委員の二人がいないために『二人きり』という状況である。
これが続いたらまずいぞ……いよいよ小日向のことを好きになってしまう。
俺も最初は心の中でそんなことを思っていたのだけれど――、
「あー、小日向ついでにパックのジュース持ってきてくれる? グレープのやつ」
「…………(コクコク)」
麦茶をつぎ足しに冷蔵庫へ向かった小日向に声を掛けると、彼女はこちらを振り返って頷く。それから冷蔵庫をパカリと開けた小日向は、ひんやりとした冷気を部屋中に巻きちらしながら停止――ある一点を凝視している様子。そしてテーブル前であぐらをかいている俺にチラチラと視線を向けはじめた。
あー、なるほど。理解しました。
「プリンだろ? 食べてもいいぞ」
おそらくというか確実に、小日向は昨日の帰りに購入したプリンを見ていたのだろう。三個入りのパックを購入して、昨日は一人ひとつずつ食べたから一つだけ余っていたのだ。
小日向は俺の返事を聞いて、満面の笑み――になることはないが、ややウキウキした動きで食器棚からトレーを取りだし、その上にジュースやら麦茶やらプリンやらを乗せる。
それを両手で持って、トテトテとこちらへと運んできた。テーブルの上に無事乗せることに成功すると、やや自慢げにふすふす。ぐりぐりと俺の胸に頭突き。頭を撫でてみるとさらに勢いが増した。
なんというか……あまりよろしくない慣れ方をしているような気がする。
これ、もう付き合ってない? 友達っていうか、もはや身内じゃない? 男友達や幼少期からの知り合いならば、こんな風に気軽に家の中を歩いていてもおかしくないかもしれないけど、知り合って二ヶ月程度の男女がこうはならんだろ……。
「あー……一応確認するけど、なんで二個持ってきたの?」
トレーに並べられた二つのスプーンを見ながら俺が問いかけると、小日向は自分の鼻をツンツンとタッチ。それからその指を俺の鼻にタッチ――しようとしたけど止めて、俺の膝をペチペチと叩く。
「一緒に食べようってこと?」
「…………(コクコク)」
「別に一人で食べてもいいんだぞ?」
「…………(ぶんぶん)」
「……はいはい、じゃあ一緒に食べような」
苦笑しながら俺が言うと、小日向は首を大きく縦に振る。自分の取り分が減るのに随分と嬉しそうだ。まぁ気を許してくれているようで嬉しいのだけども。
あー……体育祭が終われば、景一と冴島がこの場に復帰するんだよな。そして小日向と二人でこうして過ごす時間も、ほぼ無くなってしまうわけだ。
はたして俺は喜ぶべきなのか悲しむべきなのか……どっちなんだろうな。
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