第67話 親父、襲来



 そしていよいよ体育祭がやってきた。本来ならばテーブル磨きにいそしんでいるはずの日曜日だが、今日限りは学校に行かなければならない。まぁその分代休が用意されているから、別に文句はないが。


 俺としては体育祭に思い入れもないし、クラスの雰囲気も「最下位は避けたいなぁ」程度のものである。三年生は高校最後の体育祭とだけあってやる気が入っているクラスもそこそこの数あるようだが、それも過半数に達しないレベルだ。


「どうも初めまして、父の祐樹です。うちの智樹がお世話になったようで」


「明日香の母の唯香です。いえいえ~、むしろうちの明日香がお世話になっていますよ」


「姉の静香です。初めまして」


 で、昼食時。わざわざこの微妙なイベントのために駆け付けた親父が、現在小日向家と挨拶を交わしていた。俺はそれを傍で眺めながら、親父がなにか変なことを言い出したりしないか監視している状態だ。


 現在この場には、小日向一家、そして俺と親父、それから景一と冴島がいる。


 景一と冴島の両親も見に来ているようだが、昼食は別にとる感じだ。実際のところ、ほとんどの学生は友人同士で昼休みを過ごしているので、親がそこに混ざっているほうが珍しい。


「景一くんも久しぶりだね。それから、そちらが冴島野乃さんと小日向明日香さんかな」


「お久しぶりです。相変わらず若いっすね~」


「初めまして! 杉野くんのお父さんはなんで私たちの名前を知ってるんですか?」


「…………(コクコク)」


「呼びにくいだろう? 祐樹でいいよ――、名前を知っているのは景一くんが色々教えてくれるからねぇ。智樹はあまり自分から交友関係とか話さないから」


「近況報告は逐一しているんだから別にいいだろ」


 というか景一、いつの間にそんなこと親父に話してやがった。まさかお泊まりの件とかも話していたりするのだろうか……? だとしたら気まずいんだが。


 そんなことを考えながら、赤色のはちまきを首からネクタイのようにぶら下げた状態のイケメンにジト目を向けていると、こいつはニカッと笑って俺の肩に手を置いた。


「安心しろ。智樹から話しにくいであろうことは、俺が伝えてるから。もちろんお泊まりも」


「お前ぶっとばすぞ! 俺のプライバシーどこいった!?」


 はっはっはと笑う友人の肩を揺さぶっていると、親父が俺たちの会話に「こらこら」と入ってくる。


「景一くんを悪く言っちゃだめだぞ。そもそも他のご家族の方にお布団まで購入してもらっているんだ。しかも大事な娘さんまでうちのマンションに泊めているともなれば、親は知っておくべきだろう。今度からはそういう大事なことはきちんと報告するんだよ? 智樹が成人していれば話は別だが、お前はまだ高校生なんだから」


 ぐ……ま、まぁ、それはたしかにそうなんだろうけど。皆の前で説教は止めてくれ。

 俺が「悪かったよ」と返事をすると、親父は満足げに頷いてから言葉を続ける。


「だからこれからは、『肩車した』とか、『お弁当作ってもらった』とか、『手を繋いで登校している』とか、全て報告するように」


「それは違うよなぁ!? というか景一お前どこまで話してんだよ!」


「智樹が話しにくいであろうことは、全て」


「お・ま・え・なぁっ! 泊まりとかはまだしも、それは別に話す必要はなかっただろ!? 俺だけじゃなくて小日向にも被害が及んでるだろうが!」


「そう怒るなよ智樹。パパ、泣いちゃうぞ? 景一くんからの報告を肴にして晩酌するのが最近の趣味なんだから」


「勝手に泣いとけやボケ親父! 息子の色恋沙汰に首ツッコむなよ!」


「聞きました祐樹さん? 智樹くん、色恋沙汰ですってよ。うちの明日香と色恋しているらしいですわ」


「えぇたしかに聞きましたとも。コンビニでお赤飯を買ってきて正解でした」


 そう言いながら、親父は手に持ったビニール袋からおにぎりの赤飯を取りだして俺たちに見せる。マジで買ってきてやがる……用意周到すぎるだろ。


 ……というか、勢いあまって失言してしまったな。


 恐る恐る小日向がいる方向に目を向けると、しばしの間ぽけーっとしていた小日向は、ボンッという効果音が出そうなレベルで急激に顔を真っ赤に染める。そしていったん冴島の背後に隠れてから、半分だけ顔を出してこちらをちらり。俺と目が合うと隠れて、またちらり。


 それを二、三度繰り返したと思ったら、テテテと顔を真っ赤にしたままこちらへ小走りでやってきて、素早く俺の背後に回り込む。そしてピトリと背中に張り付いた。


「あー……なんかすまん小日向。俺の言ったことは気にしないでくれ」


 言い間違えだ。とは言えなかった。


 万が一、億が一、兆が一――小日向が俺に異性として好意を抱いていたとすれば、とても失礼になってしまうから。そもそも俺と小日向とのやりとりが色恋沙汰なのかどうかは、判断がむずかしいところである。


 俺の言葉に対し、鼻先を俺の背中に付けているであろう小日向は顔を動かさない。

 その代わりに、背後から俺の両手の小指を握ってきた。どういう意図があっての行動かはわからないけど……可愛い。身動き取れないけど。

 そして正面にいる奴らがやたらとニマニマしているのが鬱陶しい。


「これは小日向の照れ隠しみたいなものだから」


 とりあえず親父に向かってそう言うと、「なるほどね」と邪推していそうな言葉が返ってきた。絶対変な勘違いをしてそうだ。



 遠く離れたところから、風に乗って「会長と副会長が倒れました! 誰かー! 誰かー!」という声が聞こえてきたけど、俺は聞こえないふりをしてため息を吐いたのだった。


 

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