第68話 親子の会話



 桜清学園の体育祭は特にこれといった事件もなく終了。


 我らC組は四位という微妙な結果に終わった。クラスの反応としては、まぁそんなもんだろうなぁという具合である。


 久しぶりに帰ってきた親父殿は明日に休みを取っているらしいので、今日は我がマンションにお泊まりだ。まぁ親父が家賃とか払っているから、泊まりというのも変な言い方だけど。


「さて、じゃあそろそろ本題に入るか」


 近くのファミレスで外食し、それぞれ風呂を済ませた夜の十時頃。

 向かい合う形でこたつに座ったところで、そんな風に親父が会話を切り出してきた。


「小日向のこと?」


 本題と言われて心当たりがあるのは、俺にとってそれぐらいしかない。

 食事中などは「学校はどうだ?」とか「薫くんや優くんは元気にしてる?」とか、女性がらみの話は一切なかったので、おそらく間違っていないはず。


「それもあるが――智樹、女性に対して普通に話せるようになったのか? 小学校で色々あってから、ずっと避けてきただろう?」


 どうやら内容は俺のトラウマに関してのことのようだ。当たらずとも遠からず。


「まぁね。だけどこれから社会に出て行くともなれば、ずっとこのままってわけにはいかないし。高校ではそこまで避けてないよ」


 俺がそう答えると、親父は腕組みをして「そうか」と安堵したように言葉を漏らす。話し出す気配がなかったので、俺はそのまま続けた。


「よく喋る女子が苦手だったからさ、小日向が良いきっかけになってくれたんだよ。あいつ、マジで喋らないからな。もう二ヶ月ぐらい一緒にいるけど、未だに声を聞いたことないし」


 何も知らない第三者が聞いたら「そんなことありえない」と思われそうだけど、小日向を知る人ならば納得してくれるだろう。本当に喋らない。


「それは何か身体的、精神的な問題か?」


「恥ずかしいだけらしいよ」


「じゃあ智樹と相性抜群だな。あまり感情を顔に出さないのも照れ隠しってわけか」


「……あー、それはちょっと違ってだな……」


 どうしよう……これは正直に話すべきなのだろうか? 小日向が無表情なのは、父親の死に関係していると。

 親父がそんなに口が軽い人間だとは思っていないけれど……うーむ。


 そんな感じで俺が悩んでいると、親父から追撃の言葉がやってくる。真面目な顔だ。


「もしもそれが今の智樹たちのいびつな関係に関わることなら、話してくれ。恋人でもない男女が泊まるって、あまりないことだぞ? 智樹だけの問題じゃない。明日香ちゃんが周りからどう思われるかも考えてやれ」


 小日向が周りからどう思われるか――? そりゃ俺と付き合っていると思われてるよ。


「景一くんから聞いた限りじゃ、付き合っていると思われているらしいな。これからもし、泊まっていることもバレて、付き合っていないこともバレてみろ。明日香ちゃんは付き合ってもない男の家に泊まりに行く軽い女の子だって思われるかもしれない――まぁ可能性のひとつだがな」


「……それは、あるかもだけど」


「だろう? そして智樹も、マンションにクラスの女の子を連れ込む軽い男になってしまう。俺が納得する理由を説明してくれたら、泊まりについても目を瞑ろう。それができないなら、相手のためにも許可はできないからな」


「わ、わかったわかった。ちゃんと説明するから落ち着いてくれよ」


 泊まりの許可が欲しいわけじゃないけど、このままだと俺と小日向が一緒にいることすら反対されそうな空気だ。それは俺の心情的にも、小日向の治療的にもよろしくない。


「あまり言いふらしていいような話じゃないから、この場だけにしてくれよ」


 俺はそう前置きをしてから、小日向の無表情の原因について、俺が知る限りのことを話した。




「よし、泊まれ。というかもう一緒に暮らせ。そして結婚して爆発しろこのリア充め」


 俺が小日向と一緒にいる理由を説明すると、親父はほくほく顔になってそんなことを言ってきた。


「結論が極端だな!? というか息子に対してリア充とか言うなよ!」


「はっはっは。いやぁ、それにしてもお前は相変わらず優しいなぁ。そんな性格だから小学校もあんな風なことになってしまったわけだが、智樹らしいというかなんというか」


「うっせ。まぁ、泊まりに関しては俺もやりすぎだと思うけど、相手の家族がぐいぐいくるんだよ。そこは布団買ってもらったところから察してほしい」


「安心しろ。これからは俺もぐいぐい行く。ダブルベッドを買ってやろう」


「――い、いらねぇよ。別に」


 ちょっと欲しいと思ってしまったから、思わず言い淀んでしまった。不覚。


 そうかそうか――と、どっちに捉えたのかわからないような返事をした親父は、少し声のトーンを落としてから再び話し始める。


「しかしだな智樹。この関係が崩れてはお互いの為にならないというのはわかる。だが明日香ちゃんの心のうちがわかったわけじゃないだろ? 智樹のことを父親のように慕っている可能性――そして異性として好意を抱いている可能性。これからはそのどちらも考えてから行動と発言をするんだぞ?」


「……難しいって。というか、その可能性はないよ」


「なぜないと言える?」


「……俺と小日向じゃ釣り合わないから。あいつは学校中の人気者なんだよ。体育祭見ていてもわかっただろ。至る所できゃーきゃー言われていたし」


 悪評まみれの俺とは住む世界が違うのだ。

 顔も仕草も何も可愛いし。平凡な俺とはかけ離れている存在だ。本当に、なんでこうして俺と一緒にいるのか時々不思議になる。


「そういうこと、明日香ちゃんの前で言うなよ。彼女の意思は周囲が決めることじゃない、あの子本人が智樹をどう思っているかだからな」


「……悪くは思われてないと思うけど」


「悪く思われていないどころか、第三者から見れば「好きで好きで仕方がない」って感じに見えるぞ。それを智樹がやれやれとあしらっているように見える」


「……マジで?」


「マジ」


「父と娘には見えない?」


「そう見えなくもないが、知っての通り俺に娘はいないからなぁ。判断が難しいところだ」


 そりゃそうだろうよ。急に娘が出て来たらドン引きだわ。


 というか、なんだかんだ両家公認の関係になってしまったぞ小日向。俺たちの関係、また少し前進してしまうかもしれん。



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