第80話 二人でお風呂
なぜ俺は夜十時にスク水を身に着けたクラスメイトとリビングで向き合っているのだろうか。彼女でもないのに。
おかげで俺の頭の中は真っ白とピンクを行ったり来たり。小日向の網膜には、きっとマヌケ面の俺が映し出されていることだろう。幻滅されていないことを願うばかりだ。
どれぐらいの間、言葉を発せずにぼうっとしていたのかはわからない。
だがその沈黙も、仁王立ちをしていた小日向が全身をもじもじとさせながら、まるで俺から身体を隠すように自らを抱きしめたことで、打ち破られた。
「あ、あぁ、すまん。そんなまじまじと見るつもりじゃなくて、ただ呆気に取られていたというかなんというか……まさか水着を着ているとは思わなかったから」
だからそんなに顔を赤くして上目遣いでこちらをちらちらと見ないでほしい。満月でもないのに狼になりかねないぞ。
「…………(ふすー)」
いやだからといって胸を張れってわけじゃないんだけど……まぁ照れられるよりマシ、なのか? わからん。わからんけど胸のふくらみはわかるな――いやそうじゃなくて!
「それで――なんでそんなもの着こんできたんだ? あいにくうちにプールはないんだが」
さすがに明日の朝までその姿で過ごすというわけでもないだろう。寝心地は良くないと思う。俺の理性的にも大変よろしくないのでやめてほしい。
そもそも寝るよりも前に風呂に入らなきゃいけないのだから、どのみち一度脱ぐことになる――ん……? 風呂?
まさか……いや、まさかね? だが、警戒心皆無な小日向ならもしかすると――。
「こ、小日向さんや、まさか俺と一緒にお風呂入ろうとか、言いませんよね?」
なぜ水着を着る? 素肌を見せないため。
水着を着なければ肌を見られてしまうシチュエーションは? 風呂しかない。
一瞬頭をよぎった可能性を潰すために、俺は恐る恐る小日向に問いかけてみる。
するとスク水少女は無表情のまま机の上に置いていたスマホを手に取り、何かをポチポチ。
何か別の理由を打ち込んでいることを予想しつつ、俺は一緒にお風呂に入る妄想もしっかりとこなしながら小日向が文字入力を終えるのを待つ。
やがて、入力を終えた小日向は自信満々に俺へスマホの画面を見せつけてくる。
そこにはどこかで見たことのあるような文章が映し出されていた。
『智樹、何でもするって言った』
「…………へ?」
その契約、まだ有効だったんですか?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『智樹が先に入って洗ってから水着着る。私はその後に入って、智樹がお風呂から上がってから洗う』
俺が「水着着たままじゃ身体洗えないよな?」と、問いかけるよりも先に、小日向が逃げ道を塞ぐようにそんな文章を見せつけてきた。
で、さらに『お互い水着ならプールと一緒』などと追加で説得されてしまい、結局俺は小日向と一緒にお風呂に入ることに。
……小日向はあまり自分の意見を言わないと思っていた過去の俺よ。
彼女は声を出さないし、文字による対話の速度はゆっくりとしている。そして俺の話もきちんと聞いてくれるから、トラウマを刺激されることはない。
だがな――彼女の押しは、思った以上に凄まじいぞ。
「これはアウトだろ……」
現在、小日向はテレビを見る時のスタイル――俺の足の間に挟まった状態でお風呂に浸かっている。
小日向にとって俺は無害な人物だと認定されているらしく、彼女は無防備に足と手を伸ばして、俺の胸にのんびりと背を預けていた。スク水で。最初から最後までおかしい。
お互いに水着を着ているとはいえ、これを『プールと一緒』とは間違っても言えないだろう。だって狭くて密着必須だし、俺と小日向の二人きりだし。
この無警戒スク水天使は俺が必死に三大欲求のひとつを我慢していることを知らないんだろうなぁ……。この苦労、理解してほしいようなしてほしくないような……複雑なところだ。
小日向の素肌による暴力によって、俺の心臓くんも休日の夜だというのに重労働を強いられている状態。思わず深呼吸とため息が入り混じったような息を吐く。
「――ったく。ぷにぷにしやがって」
自分でもよくわからないことを口走りつつ、俺は楽しそうに水をパシャパシャと跳ねさせている小日向の頬を背後から両手でつまむ。
めちゃくちゃやわらけぇ。モチモチしている。
小日向は自分の頬を思う存分にムニムニと弄ばれている状態なのだが、特に嫌がるそぶりも見せず、されるがままだ。横に引っ張ろうが上下に動かそうがジッとしている。痛くないように気を付けてはいるけど、そこまで無反応だと逆に不安になるな。
俺は小日向の頬から手を離し、小日向の顔を右側から覗き込んでみる。身体がこれでもかというほどに密着してしまうが、これは不可抗力なので許してほしい。
「楽しそうですね……」
覗き込んできた俺に対して、小日向は目が合うとへへへと笑った。なにわろとんねん。
彼女の笑った顔を見るのはこれで二度目だが、やはりまだ慣れない。うっかり川の向こう岸に行ってしまいそうだった。それほどまでに天使。
KCC会員――特に会長や副会長ならば、ジェットスキーであっという間に渡りきってしまうレベルだな。
思わず抱きしめなかった俺の自制心を、誰か褒めてほしい。
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