第123話 花火終了、そして



 家に戻ってくると、俺たちは花火を見るべくさっそくベランダに出た。


 帰宅するまでの間に購入した棒アイスを食べつつ五分ほど談笑していると、予定通りの時刻に一発目の花火が打ち上がる。


 そこそこの距離があるから花火の光と音はずれているが、打ち上がる花火を遮る建物がないために、俺たちは綺麗にその大輪の花を観賞することができた。


 柵からほんの少し身を乗り出して周囲を見てみると、このマンションの住人が同じように花火を眺めている姿を確認することができた。考えることはみな同じなのかもしれない。


「大丈夫大丈夫、気を付けてるから」


 俺の隣にいる小日向はというと俺が身を乗り出した瞬間、腰あたりにギュッと抱き着いてきていた。おそらく俺が落ちないように支えてくれているのだろう。可愛い。


 安心させるように声を掛けながら頭を撫でると、小日向はふすふすと鼻息。褒められて嬉しいのか、それとも「しょうがないやつめ」と思っているのかは微妙なところ。


 小日向は身長が百四十センチと小さいので、柵の上に顎を乗せるのがちょうど良さそうな感じだ。落っこちる心配がないから、俺としては安心である。


「本当にここベストスポットだね! めちゃくちゃ綺麗に見える!」


「だろ? 会場で見るのはまた迫力があっていいかもしれないけど、俺はこっちのほうが落ち着いて見られるから好きだな」


「うんうん。来年もまたここで見たいね」


「はははっ、そうだな。そうしよう」


 景一は来年も一緒に居られることを喜んでいるのか、冴島に対し嬉しそうに返答する。

 盛り上がっているところ悪いが、ここは俺の家だからな? まぁ別にいいんだけども。


 そんなことを考えながら景一にジト目を向けてみると、奴はこっそりとこちらに顔を向けてから片目を瞑り、左手で「すまん」のジェスチャー。俺は「いいだろう」の頷きを返す。久しぶりに学食の特定食をたかってみるのもありかもしれない。



 和やかに談笑しつつ花火を鑑賞すること一時間ほど。


 最後にバカでかい花火が夜空に華を咲かせて、花火大会は終了となった。

 おそらく会場ではまだ屋台が盛り上がっているだろうけど、いまからあの場所に戻る気はさらさらないので、俺たちはここでお開きである。


 仲良く手を繋いで家路につく景一と冴島を見送ったのち、俺は小日向を家まで送る。

 本日はお泊まりの予定なので、小日向が浴衣からラフな格好に着替えるのを待ち、そのまま俺の家に一緒に行く――といった流れだ。この辺りは姉の静香さんや母親の唯香さんにも伝えているので、スムーズに進むだろう。


 小日向が着替えるのを家の前で待っておくつもりだったのだけど、唯香さんと静香さんに手招きされ、俺はリビングで小日向を待つことに。


 現在静香さんは小日向の着替えを手伝っており、俺はリビングで唯香さんと二人きりだ。


「今日は智樹くんの家のお風呂を借りてもいいかしら?」


 用意してもらった麦茶をゴクゴクと喉に流し込んでいると、唯香さんからそんな風に話しかけられる。


 あぁ、そう言えばお風呂のことを忘れていたな。小日向が我が家に泊まるときは、いつもお風呂を済ませてくるから失念していた。水着披露のとき以来か。


「もちろん構いませんよ。ですが明日香さんがこちらでお風呂を済ませたいのならば、いったん俺は家に戻りますけど」


「明日香はむしろ喜ぶわよ~。それにたぶんあっちで静香もその話をしているから、こっちにこないってことは智樹くんの家でお世話になるつもりってことじゃないかしら?」


「……なるほど」


 どうやら小日向は俺の家でお風呂に入ることになるらしい。

 また前回のように一緒に入ることは……うん、ないだろう。


 俺も健全な青少年なのでほんの少し期待してしまうけれど、彼女を大切にしたい気持ちのほうが強い。……いちおう、彼女が水着を持ってきていないかはさりげなく聞いてみておこうかな。


 そんなことを考えていると、唯香さんがニコニコとこちらを見ていることに気付く。どうしたんだろうかと首を傾げてみると、彼女はその表情のまま語りだした。


「最近の明日香はね、家で喋る回数が増えて来ているのよ。これって智樹くんのおかげよね?」


 唯香さんの問いかけは、疑問というよりも確認に近い雰囲気を持っていた。


「俺のおかげというか……影響はしているかもしれませんけど、頑張っているのは明日香さん自身だと思います」


 小日向は以前俺に「練習中だから」と言っていたけれど、どうやら家での会話を増やすことで、喋る訓練を行っているらしい。なんだかその様子を想像するとほっこりするな。


「普通の人なら影響することもなかなか難しいのよ~。ほら、明日香ってわりと周囲に無関心なところあるでしょ?」


「まぁ……そうですね」


「だから本当に私たちは智樹くんに感謝しているの。表情も以前みたいに凄く自然になっているし、喋る回数は昔と同等かそれ以上にまでなっているわ」


 愛の力って偉大よねぇ――と、唯香さんは言葉を締めくくり、組んだ両手に顎を乗せてニコニコと俺を見る。


 愛だの恋だのと言われると照れてしまうのだが――俺が唯香さんの言葉を否定するわけにはいかないよな。


 だってそれは俺ではなく小日向の気持ちなのだし、そして俺はそれがあると信じているのだから。



 やがて顔を真っ赤にさせた小日向が、ふすふす言いながらリビングへとやってきた。

 彼女は外着に着替えており、いつものリュックを背負っている。おそらくあの中に部屋着や下着とうの着替えが入っているのだろう。あの中に水着があるのかどうかは透視能力に目覚めていない俺には判別不可能。


「お待たせ智樹くーん。明日の夜はどうしようか? 迎えにいく?」


「明日は俺が家まで送りますから、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


「そかそか。じゃ、明日香頑張ってね!」


 静香さんはどこか含みのある笑みを浮かべながら、小日向の肩をポンと叩く。

 小日向は赤くなった顔にさらに血を巡らせながら、ふすーと気合の入った息を吐いてから、コクリ。絶対何かあるだろこれ。


 やれやれ、いったい姉妹で何を企んでいるのやら……。

 

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