第124話 小日向さんは突撃する
妙に興奮した様子の小日向とともに我が家へと移動。
今週末は三連休――普段ならば土曜日にお泊まりをしていたのだが、本日日曜日にその予定をずらしていたため、昨日の土曜日は彼女と丸一日顔を合わせていなかった。おそらく、その反動がいまやってきているのだと思う。
あとは静香さんの不穏な入れ知恵が理由な気もするけど……気にしないようにしておこう。なるようになるさ。
「じゃあ俺が先でいいんだな? ちゃんと身体洗って入るから風呂の水は綺麗だと思うが」
「…………(コクコクコク!)」
俺の問いかけに対し、小日向は若干血走ったような目で勢いよく頷く。クマのお面をつけていたせいで、獰猛さが増しているのだろうか。
「…………覗いたりするなよ?」
男子が女子にする発言としては珍しいかもしれないけど、俺と小日向の関係性を考えるとあまり不思議はない。小日向、かなり積極的だからな。
言い終えたあとに目を細めて小日向を観察していると、彼女は視線を斜め上に向けつつ唇を尖らせて「ぷすーぷすー」と口笛らしき音を奏でる。全然鳴ってねぇけど。
仕方ない……俺たちは健全な高校生だ――間違いがあってはいけないし、少しばかり脅しておく必要があるかもしれない。ここは心を鬼にせねばなるまい。
「も、もし小日向が覗いたら、お、俺も小日向の風呂を覗くかもしれないぞ?」
たぶん俺の顔は赤い。言い慣れていない発言をしたからか、妙に滑舌が悪かった。
きっと小日向も、同年代の男子に自分の生まれたままの姿を見られることには抵抗があるはず――と思ったのだけど、彼女は特に気にした様子もなくふすふす言いながら頷いていた。
アテレコするなら「どうぞどうぞ」といった感じ。
「……ダメです」
結局、小日向が拒否してくれなかったので、自制することに。
小さな頭にチョップを振り下ろすと、小日向はふへへと顔をとろけさせていた。
表情が戻っているのはいいことなんだけど、そういう顔、俺以外にはあまり見せて欲しくないなぁ。
結局、小日向にスマホで『私は今日、智樹のお風呂を覗きません』という制約を書かせたのち、俺は風呂場へと向かった。彼女的には『今日』の文字を入れないと受け入れられない様子だったので、俺もそこは折れた。
まぁ風呂を使用する機会が頻繁にあるわけでもないし、その度に書かせれば問題ないだろう。
いままで小日向に『智樹、何でもするって言った』という魔法を使われていたことからわかるように、彼女はきちんと言質をとっていれば躊躇いなく行動に移してくる。
しかしそれを逆手にとれば、きちんと制約させていれば問題ないということなのだ。
つまり本日に限り、俺は彼女に風呂を覗かれることはない――そう確信していたのだが。
「待て待て待て待て……制約はどうなった?」
頭を洗い流したあと、身体を洗うためにボディタオルをわしゃわしゃと泡立てていると、すぐ近くで扉が開く音が聞こえてきた。曇りガラスの向こう側――脱衣所にはうっすらと白い人影が見える。
俺は困惑しつつ独り言を漏らしたあと、ひとまず入り口に背を向けるような形でバスチェアに座る。
「こ、小日向さん? 君、覗かないって言ったよね?」
しどろもどろになりながら、顔だけ振り返ってそう声を掛けてみる。
しかし小日向は返答しない。そりゃ普段から喋らないから返答があると期待しているわけじゃないのだけど……問いかけずにはいられなかったのだ。
曇りガラスの向こう側に見える小日向は、全体的に白っぽい感じだ。彼女が今日着てきた服が水色だったから、私服でないことは確かである。
となると水着なのか――と思ったけれど、身体全体を覆っているようだし、可能性があるとするならばだぼだぼの白いTシャツか?
というかそもそも、ついさっきした制約はどうしたんだよ!? 覗かないってスマホにきちんと書いたよな!? さっそく契約破棄ですか!?
そんな風に激しく動揺する俺を無視して、無情にも浴室扉はガラリと開かれる。
そこにいた小日向を見て――俺は後悔した。
「……マジですか」
扉の向こうにいたのは、バスタオルを身体に巻き付けた小日向。肩がむき出しになっているし、水着はおろか下着もつけていないと容易に予想できる。そして、彼女のふすふすしている感じから、お風呂に入る気満々だということがわかってしまった。
彼女は腰に両手を当てて胸を張り「文句あんのか!」とでも言いたげだ。
下着未着用の状態でそうやって胸を張らないでいただきたい。身体のラインくっきりでちゃいますから。彼女がいた経験がないどころか、半年前まで女子とまともに喋っていなかった俺には目に塩酸ですから。
そして現在の小日向の姿で特筆すべきなのは、ハンカチで目隠しをしていることだ。
そう……彼女は『風呂を覗かない』という制約をきちんと守った上で、風呂場に突撃してきているのである。
俺が後悔したのは、『風呂を覗かない』という制約ではなく、『風呂場にこない』と書かせなかったことに対してのもの。まさかこんな手段に出てくるとは想像していなかった。
裸にバスタオル――しかも目隠しってどういうプレイだよ……。
ちらりと見た感じ、バスタオルは外れないようにきちんと織り込んでいるようだが、万が一これが外れた場合、彼女は目隠し状態でどうやって修正するつもりなのだろうか……。
顔を引きつらせながらそんなことを考えていると、小日向は手を伸ばして周囲の状況を確認しながら、そろりと浴室へとちっちゃな足を踏み入れる。
しかし段差が想定していた高さと違ったのか、よろりと体勢を崩した。バランスをとるために手を壁に着こうとするが、彼女の手の先に壁はない。
「あぁっ、危ないからちょっと待て!」
俺は彼女が目隠ししているのをいいことに、そのままの姿で立ち上がり彼女の肩を支える。羞恥心はもう限界突破しているが、彼女が転ぶほうが問題だ。
ポジティブに考えるのであれば、俺が鼻血を吹き出しても見られることはないし、すぐに洗い流せるといったところか――ってアホか! いくらなんでもプラス思考すぎるわ! こちとらすっぽんぽんだぞ!
心の中でノリツッコみをしていると、小日向はぺたぺたと俺の肩や胸、お腹を触ってからふすーと強く息を吐く。なお、顔は真っ赤である。照れるなら触らなきゃいいのに……。
俺は身体を隠すように、小日向に背を向けた状態でバスチェアに腰かける。そして、顔だけ振り返って「それで、何しに来たんだ?」と聞いてみた。
なんとなく予想はできているが、念の為の確認。ため息交じりの声になってしまうのは仕方がないことだろう。
小日向はコクリと一度頷くと、身体の前で手をパーにして、それを上下に動かす。これが風呂場でなければパントマイムでもしているかのようだけど、たぶん今の彼女はこう言いたいのだろう。
「背中流すってことだよな?」
「…………(コクコク!)」
目を隠されているけど、口や頬――そして頷きの速度から彼女が笑顔になっていることが予想できる。君は楽しそうでいいですね。
さて、俺はここで彼女の申し出を拒否して風呂場から追い出すべきか、彼女の善意を受け入れるべきなのか……。
これが単なる彼女の暴走だったのなら、俺もしっかり自制を効かせていた。
だけどたぶんこれ、静香さんの入れ知恵なんだよなぁ……。
家族ぐるみで俺に色仕掛けを仕掛けないでいただきたいものだ。
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