第122話 待ち受けツーショット




 その後、小日向は周囲の観客たちから惜しみない拍手を贈られたのだけど、称賛されるのが恥ずかしかったのか、スナイパー小日向は俺の胸に顔をうずめてふすふすしていた。


 その行動がさらに周囲の歓声に拍車をかけていたのだけど、彼女はその事実には気付いた様子もなく、しっかりと俺の背に手を回して顔をこすりつけていた。


 ちなみに俺は小日向がとても可愛かったので周囲の目を無視してヨシヨシしていた。学校ならまだしも、ここで会う大半の人は知らない人だからな。


 歓声に紛れて、「この人鼻血が止まらないぞ!」「何で輸血パックを持ち歩いてるんだ!?」「ご心配なく、三途の川は私たちの庭です」などという声が聞こえてきた気もするけど、何かの空耳だと思うことにした。


 高額景品を持って行かれてしまうこととなったおっちゃんはというと、景品が落とされた瞬間は茫然としていたものの、すぐに笑顔に切り替えて周囲の客に「さぁさぁ景品は複数用意しているから、どんどん参加してくれ」と、さっそく宣伝を始めていた。


 俺たち六人は射的の前に群れる人の波から逃れて、おっちゃんから貰った景品のゲームを確認する。うん。まだ未開封の新品だな。


「やっぱり明日香は落とすよねー。去年に来たときは屋台のおじさんから『もう勘弁してください』って言われてたもん。たぶん店の人が去年と同じ人だったら断られてたんじゃないかな?」


 どうやら小日向は出禁になるレベルのスナイパーらしい。恐ろしい。


「本当、なんでもできるよな小日向って」


 景一が腕組みをして感心したように頷く。ボーリングもフリスビーもスイカ割りも超人的だったからな。


 景一に褒められた小日向は、俺の腕を抱きしめた状態で自慢げにふすー。


 あのですねぇ小日向さんや……その状態で胸を張られるとだな、俺の腕にその柔らかな胸を押し付けるような形になるからありがとうございます。


「そうだな。この集中力の一部を勉強に持って行きたいもんだ」


 腕の神経を研ぎ澄ませながらそう言うと、小日向は下唇を突き出してふすー。随分と消極的なふすーだった。俺は感情豊かな小日向の表情に苦笑したのち、「冗談だよ」といって頭を撫でる。すると、小日向は顔をとろけさせてふへへと笑った。


「なぁなぁ、いちゃついているところ悪いけど、そのゲームは智樹の家に置くの? 俺たちもできる?」


「ん? あー、どうだろ。小日向はどうしたい?」


 この景品をゲットしたのはあくまで小日向だから、彼女が家に持ち帰ると言ったら俺にはどうしようもない。

 ――が、小日向は特に取得した景品に興味を示した様子もなく、コクコクと頷いた。


「俺の家に置いていいってさ」


「今の頷きだけで会話できるんだねトモは……」


「会話の流れと表情でわかるだろ?」


「まぁ慣れが必要なのはたしかだろうね。相変わらず仲が良さそうだ」


 優は俺と小日向それぞれに優しい目を向けて、うんうんと何度か頷く。


 景一はもちろん、薫や優たちも俺が女性を苦手としていることを気に掛けてくれていたからなぁ。なんだか保護者のような目線を向けられているような気もするけど。


 それから、薫と優は「高校の友達と合流することになっているから」ということで、俺たちとはそこで別れた。口にした言葉が嘘か真実かはさておき、気を遣うあいつらのことだ。たぶんそんな約束が無かったとしても、適当なところで別行動をすることになっただろう。



 射的で遊んだあとは、人の流れに乗って色々な屋台を見て回った。

 たくさんの食べ物系の屋台を巡るために、本物カップルと似非カップルの俺たちは、基本的に男女で食べ物を半分ずつにすることに。


 男同士で「林檎アメ、半分ずつ食べようぜ」となることはなかったから、俺はもちろん、景一も新鮮な体験だったはずだ。女性陣も同じであって欲しいと思ったのは、きっと俺だけではあるまい。まぁ家族で半分こ――というのはあったかもしれないけれど。


 お腹を満たし、ひとしきり屋台を堪能し終えた俺たちは、花火が始まる前にバスにのってマンションへと帰宅。帰りのバスは想像していたよりも人が多く、俺たちと同じ作戦――もしくは花火よりも屋台目当ての人がそこそこいるのだと判明した。


 まぁ、それでも花火後のバスの状況を考えると、明らかに少ないのだけども。


「こらこら、歩きながらスマホを見るんじゃない」


 バスを降りて、俺たち四人はマンションを目指して住宅街を歩いているところだ。時刻は七時を過ぎているけれど、季節が夏ということもありまだ空はそこまで暗くない。


 スマホをポチポチと弄りながら歩いている小日向を俺が注意すると、彼女はふすーと強めの息を吐きながら、こちらに画面を見せつけてくる。


 そこに映し出されていたのは、いつものメモ帳の画面ではなく待ち受け画面。

 あちらの会場で撮影した、俺と小日向ツーショットの写真だった。小日向はにんまりと笑っていて、俺は照れくさそうに頬を掻いている写真。


「俺も家に着いたら、撮った写真のどれかを待ち受けに設定するよ」


「…………(コクコク!)」


 俺の呟きに対し、小日向は「ぜひぜひ!」といった様子で頷く。


 ちなみにKCC用には、予定通りお面を被った小日向を撮影しておいた。そのお面はというと、売っていた屋台がくじ引き形式だったために、こちらで選択することはできずにクマさんのお面になった。……クマさんと呼ぶには、多少リアルすぎる気もするけど。


 はちみつを舐めている雰囲気のアニメっぽいクマさんではなく、川で鮭をはじき出している猛獣タイプのクマさんと言えばわかるだろうか? そんなクマさんでも、小日向が付けると可愛く見えてしまうから不思議だ。


「ねぇ、景一くん、私も撮った写真待ち受けにしていいかな……? ダメ?」


「付き合ってない智樹たちがやっているんだし、俺たちは当然オッケーじゃないか?」


「だ、だよね! ありがとっ!」


 おいそこのお二人さん、俺たちをダシにしないでいただきたい。

 そんなことを思いながら景一にジト目を向けてみると、景一は器用に口笛を吹きながら俺から目を逸らしていた。少なからず、俺と小日向の仲を利用した自覚はあるらしい。


 微笑ましいから、見ていてほっこりするけどな。

 

 

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