第121話 小日向無双



「あれ? 智樹と景一じゃん! 何してんの!」


「何してるも何も……祭りに来てんだよ」


 やや脱力気味に答えると、薫は「それもそうか!」とこれまた元気よく返答する。相変わらず能天気そうなやつだ。


 お祭りムードに相応しく陽気に声を掛けてきた薫に対し、優はというと腕組みをした状態で、こちらをニコニコと眺めていた。


「春にあった時よりも随分仲が良くなったみたいだ。話しに聞くのと実際見るのでは随分印象が違うね」


 いま小日向が俺の腕に抱き着いているのは通常運転ってわけでもないのだが。

 まぁこのホールドがなかったとしても、口にするのが恥ずかしくて彼らに伏せている内容は多々ある。それは景一も同じだろう。


 夏休みはもちろん、学校がある日もちょこちょここいつらと遊んだりしていた。もちろんその集まりには景一も参加しており、別々の高校にいったからといって疎遠になったりはしていない。まぁ小日向と過ごす時間が増えたから、多少は薫たちと遊ぶ機会は減ったけど。


「不知火くんたちは何か景品取れた? やっぱり難しい?」


 まだ優たちに会うのは二回目のはずなのに、冴島は物怖じすることなく話しかけていく。コミュニケーション能力高いな。


 冴島の問いかけに対し、優は肩を竦め、眉を上げる。


「取れそうなのもあるけど、僕らは高額景品狙いだったからね。残念ながらまだ何も取れていないよ」


「お前たち二人とも苦手そうだもんなぁ」


「ケイも人のこと言えないでしょ」


「やってみないとわからないぜ? どうせあのゲーム狙いなんだろ?」


 景一はそう言ってから棚の最上段、そして中央に位置している景品を指さす。白い長方形の箱にゲームの絵が張り付けてあって、どうやらこいつを落とせばゲームを貰えるようだ。


 俺たちが屋台の前で話をしていると、屋台のおっちゃんがにこやかに「ちゃんと用意してるから安心しろよ」とパッケージを見せてくれた。


 なるほどなるほど……パッケージだと薄っぺらすぎてすぐ倒れるだろうから、白い箱を置いているわけか。たぶん中身にはちょっとした重りのようなものが入っているのだろう。


「僕らも倒すところまではできたんだけどね、棚から落とさないと駄目みたいなんだ」


 詳しく薫と優の話を聞いてみると、重りは箱の下側に入っており、わりとすぐ倒れるらしい。しかし倒してしまうとそこからは弾を当ててもビクともせず、落とすことは不可能とのこと。


 おっちゃんも言っていたが、倒さずに箱に弾をあて続け、いかに景品を押し出すかがカギになっているようだ。


「小日向、やれそうか?」


 小日向は俺たちの会話に参加することなく、俺の腕をギュッと抱きしめたまま、他の人が射的する様子をじっと眺めていた。彼女はこちらを見上げてから、にょきっと親指を突き出す。自信満々のようだ。


 さてさて、この射的は十発で五百円のようだし、あの有名なバトルロワイヤルのゲームはおそらく五千円近いはずだ。まだ発売してから間もないし、値下がりしているということもあるまい。


 神様女神様小日向様――どうかあのゲームを我が家にお持ち帰りさせてくださいな。



 それから当初予定した通り、俺たち対戦形式にしてあのゲームを手に入れるべく射的に挑戦することとなった。


 おっちゃんに相談してみると、二人同時にやっていいということだったので、春奏学園ペアと、景一カップル、そして俺と小日向ペアに別れた。


 まずは勘が鈍っていないうちに――ということで、薫と優の挑戦。

 彼らはすでに一回ずつ挑戦していたらしいので、これで二千円目ということになる。


「うおぉーっ! 倒れた! 落ちん! しかしまだ行ける! まだ行けるぞ優!」


「さっきおじさんの話聞いてた? 諦めてもう一回立ててもらおう」


 この二人は相変わらず温度差が凄いなぁ。見ていて飽きない。

 結局、彼らは二十発を使って三度ほど箱を倒すことができたものの、棚から落とすまではいたらなかった。


 ――で、次は景一カップルの番。


 冴島が「明日香は落としちゃいそうだから私たちが先ね!」ということでそうなった。


「野乃、一緒に当てたら押し出せそうだから、タイミングを合わせようぜ」


「そうだね! せっかく二人でやるんだし、協力しよ!」


 どうやら景一たちは細々した二十発より、威力の高い十発で勝負するらしい。

 そしてその作戦は非常に有効のようで、一度だけ完璧なタイミングで同時に弾が箱にあたったのだけど、その時は目に見えて箱が奥へと動いたのだ。


 最後の一発で箱を倒したのだけれど、それでも棚から落とすまでは至らなかった。やはり高額景品とだけあって難易度が高い。


 おっちゃんも景品を渡すことなくお金を手に入れてホクホク顔である。

 はたしてその笑顔、いつまで持つかな?


「じゃあ俺たちも頑張ろう。とりあえずお試しで、一発ずつ打ってみようか」


 そしてやってきた俺たちのターン。


 おっちゃんにお金を払って、俺と小日向はコルク製の弾をそれぞれ十発ずつ受け取った。

 それからカウンターに置いてある射的銃に弾をセットして、レバーを引く。


 結構このレバー硬いなぁと思っていると、隣の小日向がくいくいと袖を引っ張ってきた。どうやらこちらのレバーも引いて欲しいらしい。


「ほい」


 レバーを引いて小日向に銃を渡すと、彼女は嬉しそうにコクコクと頷く。はい天使。


 そして記念すべき一発目――残念ながら、二人とも箱にすら当たらなかった。


「うーむ……なかなか思ったところに行かないな」


 自分の分の銃のレバーと弾をセットしなおして、小日向の分も――と横を見てみると、彼女はコルクの弾をジッと見て、何やら厳選している様子。俺からすればどこに違いがあるのかわからん。


 小日向のレバーを引きながら、俺は「こっちに良い球があったら使って良いぞ」と声を掛ける。彼女は嬉しそうにふすふすしていた。


 それから、俺たちも景一たちと同じく二人同時に当てる戦法にて勝負を挑んだのだけど……。


「悪い……本当に俺センスないわ……」


 小日向は二発目以降、パスパスと箱に弾を当てているのだけど、俺は合計五発発射してまだかすりもしていない。悲しい。


「俺がやるよりも小日向が残りの十発撃ってくれた方が可能性ありそうだ」


 そう言いながら残っていた弾を小日向の方にスッと移動させると、小日向は口の端を吊り上げながらニヤリと笑い、親指をニョキッ。


 かっこいい――と思いたいけど、残念ながら可愛さが強すぎてかっこよさが霧散している。


 俺はレバーを引く係に徹しよう――そんなことを考えながら小日向の銃のレバー引いて銃を渡すと、小日向は俺が使っていた分の銃も手渡してくる。


「? こっちを使うのか?」


「…………(コクコク)」


「じゃあこっちは?」


「…………(コクコク)」


「両方使うってこと?」


「…………(コクコク)」


 どうやら、小日向は両方の銃を使って射的に挑むらしい。そりゃ二発同時に当てるにはそうするしかないし、一人で二丁使うならタイミングも合わせやすいだろうけど……狙う難易度が跳ねあがってないか?


 俺の心配をよそに、小日向はカウンターに近づくと右手と左手――それぞれに銃を構える。狙いを定めて――発射。


「――うぉ、まじか」


 放たれたコルクの弾は、二つとも箱の下半分に二発とも命中し、先ほどの景一たちのように箱を大きく動かした。これには店主のおっちゃんも目を見開いて驚いている様子。


 薫が「すげーすげー!」と叫んでいると、徐々に周囲に人だかりができ始めた。

 そして二回目、三回目、四回目――彼女は寸分たがわず同じ場所に弾を命中させる。


 前世がガンマンの方ですか? と聞きたくなるほどの腕前だ。


 そして最後の二発はというと――彼女は弾を同時に発射することはなく、一発目で箱の上部を狙撃し、箱のバランスが崩れたところで二発目を打ち込んだ。プロの所業である。


 そして倒れかけの箱に当たったそのコルクの弾が決め手となり、箱は見事に棚から落下。


 小日向さん、大勝利である。



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