第120話 浴衣小日向
浴衣に着替えてから再度集合となったわけだが、俺たち甚平組と違って、女性陣は少々時間がかかる。それまでは景一と二人でゲームをしたりして時間を潰して、夕方の五時過ぎになると冴島と小日向が我が家に再度やってきた。
「お待たせーっ! 変じゃないかな!?」
玄関扉を開けると、冴島がそんなことを言いながらくるりと回る。小日向はその後ろでもじもじしながら俺のことを見ていた。
「……お、おう、似合ってるぞ」
景一は、少しつっかえながらそう発言する。
陽キャ属性の強いこいつにしては珍しく、少々照れくさそうにしている。女の子相手の会話なら慣れているだろうけど、自分の彼女を褒めるのはまだ不慣れのようだ。
冴島の浴衣はワインカラーを下地として、色とりどりの花が咲いているような柄だ。明るい雰囲気ではあるけど、色合いは若干暗めなので落ち着いた雰囲気もある。
それに対して小日向は、紺色の生地に花火柄の描かれているものだった。
薄いピンク色の帯を巻いていて、背面には大きなリボンが付いている。なぜ背中側が見えたのかというと、小日向が俺の視線に気づいて、その場でくるりと回ったからだ。可愛い。
「小日向も良く似合ってるよ」
「…………(コクコク!)」
どうやら俺も似合っていると言ってくれているらしい。希望的観測ではないことを祈る。
そんな感じでお互いの服装をひとしきり褒め合ったあと、俺たちはさっそく花火大会の会場へと向かった。バスでだいたい三十分ぐらいかかってしまうが、普段見慣れない小日向の浴衣を間近で見られるのだ。時間なんて、あっという間だろう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
行きのバスで薄々感づいていたけれど、やはり花火大会の会場は人がわんさかといた。
例年通り屋台もかなりの数があり、さっと見渡しただけでも、イカ焼き、林檎アメ、射的、くじ引き、金魚すくいなどなど――王道どころのモノは出店されているようだった。
「しっかり手を繋いでおくんだぞ?」
「…………(コクコク!)」
屋台から少し距離をとったところで、人の波に乗る前に俺は小日向に注意喚起をする。これだけ人がいるのだから、もしはぐれたら合流するのが大変そうだからな。
俺たちがそんなやりとりをしていると、景一カップルにも変化が訪れる。
「あー……智樹の言う通り、はぐれたらまずいからな」
そう言って、景一は左手で頬を掻きつつ、右手で冴島の手を握る。めちゃくちゃ頬が赤いけど、ここは温かく見守っておくとしよう。ちなみに冴島は「う、うん」と、いつもの勢いはどこにいったんだ――とツッコみたくなるほどしおらしくなっていた。
青春してるなぁ、と初々しいカップルの様子を横目で見守っていると、今度は小日向にも変化が訪れる。
「……別にいいけど、歩きづらくない?」
「…………(ぶんぶん)」
俺との問いかけに対し、小日向は勢いよく顔を横に振る。
どうやら景一カップルに触発されたらしく、小日向は俺の腕をとって抱きしめるようにしていた。腕を組むというよりも、腕に抱き着いているような感じ。
着物の生地のおかげ(せい)で、現在俺の腕に伝わっている感触が小日向の身体の柔らかさなのか、それとも布の柔らかさなのかは判別できないけれども、それがどうでも良くなるぐらいには満たされた気分になっている。
小日向は相変わらず可愛いなぁ――と、心の中で呟いていると、景一カップルたちから引きつった笑みで見られていることに気付いた。
悪いかよ――という意味を込めて視線を返すと、ため息を吐かれてしまった。
「俺たちは俺たちのペースで行こうな」
「うん。なんだかアレを見たら恥ずかしさが薄れてきたかも」
景一カップルはそんなことを口にして、しっかりと手をつなぎなおす。
俺たちの影響で仲が深まるのはいいことだと思うけど、なんだか釈然としないな。
四人で並んで歩くほどの余裕はないので、景一カップルが前、そして俺たちがその後ろを歩くような形で屋台エリアへと侵入する。歩くスピードはゆっくりなので、腕を抱きしめられているとはいえ転んだりすることはなさそうだ。
小日向が俺の腕に鼻を押し付けて、ふすふすと匂いを嗅ぐのも立ち止まっている時だけだし、問題ないだろう。汗臭くないかは心配だけども。
「気になるところあったら合図してくれよ」
俺がそう声を掛けると、小日向はさっそく俺の腕をくいくいと引っ張って、一つの大きめの屋台を指さした。そこでは景品が一定の感覚で棚に並べられてあり、身を乗り出してそれを打ち落とそうとしているお客さんが数人。射的か。
「景一、射的しようぜ!」
周囲の喧騒に負けないように少し声を張って言うと、景一たちが声に反応して立ち止まる。
「おっけー! あぁ、あそこ――ってあれ、薫と優じゃね?」
「え? ほんとに? 御門くんと不知火くんだっけ?」
景一の疑問に、冴島の疑問が重なる。
俺もしっかり客のほうに目を向けてみると、どうやら本当にそうらしい。
薫が真剣に的を狙い打つ様子を見ていると、棚に当たって跳ね返ってきた玉が額に直撃していた。さすがだな。
あいつらは春奏学園に通う、俺と景一の昔からの友人――御門薫と不知火優で間違いない。しかしあいつら、本当に仲いいよな。俺と景一も似たようなものかもしれないが。
「どうせならあいつらと勝負するか。どっちが良い景品を落とすかとかさ」
そう言いながら、俺は小日向の頭をポンポンと叩く。すると彼女はニヤリと口の端を吊り上げて、好戦的な笑みを浮かべたのだった。
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