第139話 中間試験がやってくる



 文化祭が終わり、また日常が戻ってきた。


 これからまた普段通りに授業を受けて、金曜日の放課後には学食の掃除をし、家に帰ってからはだらだらとみんなでゲームをする――と、いきたいところだけど、そうは問屋が卸さない。楽しいことばかりが高校生活ではないからな。


「赤点回避を目標にしていたらダメだぞ?」


 本日は文化祭が終わって、数日が経過した木曜日。


 放課後に景一や冴島たちも呼んで、俺の家で勉強会をしていた。

 再来週には中間試験が待ち受けているので、それの対策のためである。


「…………」


 小日向は俺の言葉にぎくりと肩を震わせると、すすすっと僅かに右に移動して俺から距離を取る。そしてちらりと俺の顔を見上げてから、またすすすと同じ場所に戻ってきた。可愛い。


「でも杉野くんのおかげで、明日香もかなり勉強するようになったよね」


 俺から離れたり近づいたりする親友に柔らかな視線を向けながら、冴島が感心したように言う。たしかに当初の小日向はすぐに集中力をきらしていたから、あの頃に比べたらだいぶマシになったと言えるだろう。


 苦手なことをしているのだから、気が散ってしまうのも仕方がないとは思うが、今の成績は大学や就職活動に響かないとも言えないので、小日向のために俺も心を鬼にする所存である。


「前が勉強しなさすぎだったんだよ。授業を真面目に聞いているならいいんだけど、そういうわけでもないしな」


「隙あらばノートに落書きして智樹に注意されてるもんな」


 くくく――とハトが鳴くように笑いながら、景一が言う。こいつは俺の真後ろの席だし、学校での俺と小日向のやりとりは完全に筒抜けになっている。


「あーすーかー? 授業はちゃんと聞きなさいって言ったよね?」


 冴島が目を細めて小日向を見ると、授業無視の常習犯は吹けない口笛を「ぷすーぷすー」と鳴らしたのち、テーブルの上にある教科書をぺラリとめくる。


 しかしそのめくったページには、ちょうど小日向の落書きが……スキンヘッドの将軍様に、うさ耳が生えていた。死ぬほど似合ってない。


「消す」


 それを見て、短く命令を出す冴島。小日向は下唇を突き出しながら、俺の方を見る。「消さなきゃダメ?」と聞いているような視線だ。


 可愛い……とんでもなく可愛いが、俺は鬼にならなければいかん。


「上手にかけているから、写真撮って保存しとけばいいんじゃないか? それなら消しても平気だろ?」


 俺が言うと、小日向は「おぉ」と言う感じで口を開き、手のひらに拳をぽんと落とす。スマホでパシャリと写真を撮ると、ふすふす言いながら将軍様からうさ耳を取り除いていった。


「杉野くんは明日香に甘いよねぇ」


「というか智樹と小日向が甘いんだよなぁ。胸やけする」


 ため息交じりにカップルコンテストの優勝者たちがそんなことを言う。

 殿堂入りの片割れは、「気のせいだ」と言って試験範囲の再確認をすることにした。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 夜の七時頃に冴島と景一をマンションの前で見送ってから、しばしの間は小日向と二人の時間である。彼女は夜の八時に家に送り届ける予定なので、だいたい一時間弱はゆっくり過ごせる感じだ。


「どうする? 小日向がまだ勉強したいなら付き合うけど」


「…………(ぶんぶんぶんぶん)」


 切羽詰まった表情で拒否されたので、思わず笑ってしまった。まぁそういう反応が返ってくるとわかっていたけども。


 で、勉強じゃないなら何をしようかって話なんだが、いまからテーブルの上に広げてある教科書たちを片付けて、ゲーム機をセッティングするとなるとそれだけでかなり時間を消費してしまう。一時間しかないのだから、ゲームは無しかな。


「うーん……何する? とりあえず片付けだけして、特に何もせずだらだらするか?」


 俺はあぐらをかいた姿勢で手を後ろにつき、凝り固まった首を回しながら小日向に問いかける。あー、首がゴキゴキなってる。


 小日向はというと、コクコクと頷いたのち、てきぱきと教科書たちを自らのバッグにしまいはじめた。用意する時の二倍以上の速度だな……はやく視界から勉強道具たちを消し去りたいのか、それとものんびりする時間を増やしたいのかは小日向のみぞ知るところである。


 勉強道具を片付けて一息ついていると、隣に座る小日向がもそもそと動き始めて、胡坐をかいている俺の足元にすっぽりとお尻を収めてくる。良い位置にお尻を収納することに成功したのか、小日向はふすーと満足そうに息を吐いていた。


 うーむ……たしかにこの光景を見た他人が『カップルじゃない』と思うのは無理があるのかもしれないな。俺も彼女のこの行動には慣れてしまって、あまり動揺しなくなってしまったし。まぁ、足下の神経には感触を味わうように集中してもらっているけども。


 二、三分ほどぼんやりと小日向の体温と体重を味わっていると、スマホをぽちぽちと操作しはじめた小日向が、『日課の筋トレする』という文面を見せてきた。


 これはアレだろうか。きちんと毎日トレーニングしていることをアピールしているのだろうか。なんにせよ可愛いが。


「何か手伝うか?」


「…………(コクコク)」


「何をしたらいい?」


 そう問いかけてみると、小日向はのそのそと立ち上がってから、俺の肩を掴んでぐいっと横に向ける。そして俺の前に体操座りをしたかと思うと、俺のお尻と床の間に自らの足を滑り込ませてきた。


 あー……はいはい。腹筋するから足を抑えていてくれということ――っ!?


「こ、小日向さんや、あんたスカートやで」


 思わず関西弁になってしまった。


 現在小日向は、学校の制服を身に着けている。もともと膝の少し上ぐらいしかない長さのスカートで、体操座り。しかも小日向はスカートでお尻を覆い隠そうともせず、しっかりと頭を両手で支えている。


 ちらっと視界に入ったピンクの布地は見なかったことにして、俺は小日向の眼だけに視線を向ける。すると彼女は、おそらく赤くなっているであろう俺の顔をニヤリと見たのち、特に何も対策することなく腹筋を始めてしまった。


 ぐっと力が込められたので、俺は慌てて小日向の足をお尻と両腕で支える。


 彼女は後頭部を手で支えた状態で、肘を前方に動かした勢いにのって、身体を起き上がらせた。そして、


「――ふぃ」


 謎の可愛い掛け声を発していた。


 現在彼女が俺の目の前で下着を完全オープンにしていることなど、完全に忘れてしまうような可愛い声――とも思ったけど、やっぱりパンツを無視するとか無理だわ。脳内の八割パンツだわ。


 その後、彼女は合計五回腹筋をふぃふぃ言いながら頑張った。


 後半の三回にいたっては身体を起こす度にキスをねだっていたので、そのたびにデコピンしてあげた。


 そういうのは、クリスマスのあとって言ったでしょうが。


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