第140話 バイト先にて
本日は土曜日。バイトの日だ。
最近は文化祭だったり花火大会だったり、色々なイベントが開催されていたがためにバイトを休みがちだったが、基本的に俺は土日出勤である。一人暮らしで遊ぶ金を確保するとなれば、当然働くべきだ。
ただまぁ……祝日を含めて三連休ともなると、一日ぐらいはゆっくり過ごしたいなぁと思うわけで、月曜日のスポーツの日は店長にお願いして休みをもらった。小日向と出会う前の俺ならば「稼ぎ時だ」と張り切っていたものだが――人は良くも悪くも環境に左右される生き物なのだなぁと感じる今日この頃である。
で、正午から始まったバイトに励むこと数時間後。
一時間の休憩を挟んで仕事に戻ると、ホールの隅の四人席に座る小日向と冴島の姿を見つけた。入れ替わりに休憩に入ったバイトの先輩に「彼女さん来てるよ」と言われたからてっきり小日向一人で来たのかと思ったけど、どうやら冴島も一緒らしい。いちおう、彼女の云々の話については否定しておいた。
二人は季節のパフェを注文したようで、それをちょこちょこと食べながらテーブルの上に広げた教科書と睨めっこしている。
小日向は……うん、たぶんありゃ落書きしてるな。
「よ、景一は仕事か?」
テーブルに近づきながら声を掛けると、冴島が顔を上げてこちらを見る。
「あ、バイトお疲れ様杉野くん! そうそう、今日撮影なんだって」
やはりか。
景一は俺と違ってシフト制じゃないから、週末に仕事が入ったり放課後だったり様々だからな。それを良しとするかは本人次第だろう。
ちらりと広げてある教科書に目を向けてみると、どうやら二人は現在数学の勉強中のようだ。で、俺を見つけた小日向はというと――、
「…………(ぶんぶんぶんぶん)」
教科書をたてて、自分の分のパフェを俺の視界に入らないように隠し、勢いよく首を横に振っていた。
これはあれか……? ダイエット中だからパフェを食べているのをバレたくないと……?
「いや、俺のバイト先で注文しておきながら隠すのは無理があるだろ。というか、別に俺は小日向が何をどれだけ食べようが否定するつもりはないぞ?」
肩を竦めながらそう言うと、小日向はスマホをポチポチ。
『これは野乃の策略』
「どうしてそうなる……冴島は小日向をふっくらさせたいのか?」
そんなわけないだろうなぁと思いながら冴島に聞いてみると、案の定、小日向の親友は「何も言ってないけど?」と首を傾げた。
『小日向明日香フォアグラ計画』
「冴島を人食いにするんじゃない」
ちょうどホールに他の客はいなかったので、俺は周囲の目を気にせず小日向の頭をぺしっと叩く。もちろん本気ではなく、じゃれ合いのような軽さで。
小日向は俺の手が触れた部分を両手で大袈裟に抑えてから唇を尖らせたのち、スマホをポチポチ。
『ちゃんと筋トレする』
「はいはい。小日向明日香ムキムキ計画ね。何度も言っているけど、俺は別に気にしないからな?」
苦笑しながらそう言うと、小日向は何を思ったのか、パフェのアイス部分を長いスプーンでひょいっとすくい、俺の口元へ運んできた。奥義「はい、あ~ん」である。
俺の予想では、少しでも自分の摂取するカロリーを減らそうとしてのことだと思うのだけど、冴島の目の前だし、俺は現在給料が発生中だ。非常にやりづらい。
「あのな、俺仕事中なんですが」
「…………(コクコク)」
知ってる、とでも言いたげに小日向が頷く。冴島は完全に蚊帳の外状態だが、羨ましそうな顔つきで俺と小日向を交互に見ていた。
ここで断るのは小日向が可哀想だけど、はたして勤務中にこんなことをしていいものか……と、比較的真面目に生きてきた俺は頭を悩ませる。
そんな時、厨房からややきつめの声が掛かった。
「喰え、喰わねば給料出さんぞ」
慌てて振り返ると、料理を出すカウンターに肘を突いて、こちらをまじまじと眺めている店長がいた。そんな横暴な……いや、関節技をキメてくるよりは随分マシなんだけども。
店長に逆らっても給料は出るとおもうが、関節技を受ける確率がかなり上昇してしまう恐れがある。というわけで、俺は長いものに巻かれることにした。
「……一口だけな」
そう言ってから俺は、小日向と店長の望むままに差し出されたスプーンにかぶりつく。
うん――冷たい、美味しい。だけどそれ以上に恥ずかしい。
ニマニマしている小日向に「ありがとな」とお礼を言うと、彼女はさらに口角を上げてふすふすしはじめる。相変わらずの天使っぷりである。可愛い。
「しめしめ……この写真は会長と取引できるレベルの価値があるな……ついに例のプリクラと浴衣写真を我がスマホに――」
店長のぼそぼそとしたそんな呟きが厨房のほうから漏れてきていたけど、さすがに聞き間違いだろう。桜清学園の生徒でもない店長がまさかKCCなはずないし。
うん……聞き間違いだといいな。
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