第138話 打ち上げの終わり 食べ放題の代償
しゃぶしゃぶ食べ放題『NK』で行われた文化祭の打ち上げは、特にたいした事件もなくオーダーストップの時間を迎えた。
一部の生徒が鼻血を噴き出すというアクシデントはあったものの、我がクラス――いや桜清学園にとっては日常的なものなので、本気で慌てていたのはせいぜい店員さんぐらいなものだ。
現在は各々テーブルに残った料理を胃袋に詰め込んだり、食後の余韻に浸っている。
これだけの大人数での食事ともなると騒がしいものとなると思っていたが、二年C組の面々は羽目を外すことなく、節度を持って食事をしていたと思う。先生や保護者が近くにいるからかもしれないが、恥ずかしいことをする生徒がいなくて良かった。
店員さんも最後の料理を運んできたとき「また来てくださいね」と言ってくれていたし――まぁ、小日向の顔ばかり見ていたけど。
「ふぅ……かなり食ったなぁ。ちょっと運動したほうがいいかも。仕事に影響するかもしれないし」
景一が自分のお腹をさすりながら、そんな言葉を漏らす。
こいつは「元を取るんだ」とか言って、かなり大量に肉を食っていたからなぁ……フードファイターでもない限り、食べ放題の店で得をすることはできないと思うんだけど。
「私もちょっと運動したほうがいいかもねぇ……誠にいじられそうだし……」
景一の呟きに追随し、静香さんもダイエットの必要性を口にする。
静香さんの彼氏である赤桐誠さん――なんとなく、あの人はちょっとお腹にお肉が付いたところで何も言わないと思うんだけどなぁ。二人きりの時だとキャラがちょっと違ったりするのだろうか?
「冴島は景一が太ったらどうするんだろうな」
からかう材料を見付けたので、さっそく俺は口の端を吊り上げて景一に目を向ける。
すると、「あー……別に何も言いそうにないけど、なんとなく俺が嫌だな」と引きつった笑みで返してきた。――ちっ、もっと慌てるかと思ったのに。
友人へのからかいが失敗した俺は、小日向のように鼻から息を吐いて、隣に目を向けてみる。するとそこに座る肉食天使が、顔を下に向けて自らの腹肉を制服の上からつまんでいるのが目に入ってきた。そう言えば小日向もひょいぱくひょいぱくと、いつも以上に食べていたなぁ。
俺の視線の気配を察知したらしい小日向が、ギギギと壊れたブリキのような動きでこちらを見上げる。俺と視線が交差すると、勢いよく首を横に振り始めた。
「別に何も言ってないんだけど」
「…………(ぶんぶんぶんぶん!)」
これは贅肉じゃないよ! とでも言っているかのようだ。可愛い。
別に小日向のお腹にお肉が付いたところで俺が彼女に抱く好意は揺らぐことはないのだけど――まぁ、健康には気を付けてほしいとは思うが。
必死に首を振っている小日向に苦笑していると、彼女はわたわたとした動作でスマホを操作しはじめて、落っことしそうになりながらも俺に画面を提示。
そこには、『冬に備えてふの』と、書かれていた。バッチリ誤字ってるし、言い訳が可愛い。冬に備えるには少し早いですよ小日向さん。
「あら~、もしかして明日香太っちゃったの? こりゃ智樹くんと気軽にお風呂に入れなくなっちゃったかな?」
静香さんのからかいの言葉に、小日向は『ガーン』と、あからさまにショックそうな表情を浮かべた。目と口をポカンと開けてしまっている。
うん……表情が豊かになったのはとてもいいことだけど、今はその反応したらダメだと思うんだよ。だって、景一が目の前にいるし、クラスメイトたちの耳に入るかもしれないだろ? というか静香さんも時と場所を考えてほしいんだが。
「……聞かなかったことにしようか?」
普段ならからかってきそうな景一も、内容が内容だけにそんな気遣い溢れる声を掛けてくれた。「そうしてくれ」と返すと、景一は黙って頷く。なんとなく、「貸しひとつな」と言われたような気がした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
静香さんの送迎により、景一は駅まで送り届けられ、俺は自宅のマンションまで送ってもらった。明日からは普通に学校が始まるので、本日は小日向も大人しく家に帰っている。
小日向は帰宅中の車の中でも自らのお腹をむにむに触っており、俺が思っている以上に彼女は自身の体重の増加を心配しているようだった。
お風呂から上がり、ベッドに横になってからスマホ手に取ると、小日向からチャットが届いていた。
『私、ダイエットする』
ダイエットするまでもないと思うんだけど……。
こういう時になんと返答するのが正解なのか知らないが、とりあえず「頑張るなら応援するけど、俺は気にしないよ」と返事をしてみた。恋愛上級者が周りにいないというのは不便なものだ。
『さっき腹筋した』
『三回できた』
ぽんぽんと、チャットが二通続けて届く。小日向が必死に頑張っている姿を想像してみると、予想以上に可愛かった。いよいよKCCの人たちをバカにできなくなってきたかもしれない。小日向に抱いている好意の大きさならば、俺が一番の自信はあるけどな。
『まっちょになる』
『小日向明日香ムキムキ計画』
「そこまでする必要はないだろ……」
ボディビルダーにでもなるつもりかよ。
個人的な趣向ではあるが、小日向のお腹はほどよい柔らかさが似合っていると思うので、そこは阻止させてもらおう。まぁムキムキになったところで、嫌いになる可能性は皆無だけども。
今度うちに泊まりに来たとき、彼女は筋トレをしはじめそうな気がするな。
せっかくだし俺も彼女にならって、筋トレをしてみるかな。
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