第137話 文化祭の打ち上げ 中編
松井先生が乾杯の合図をしたのち、続々とそれぞれのテーブルに食材が運ばれてきた。
俺たちの席に運ばれてきたのは各種の盛り合わせで、豚、牛、鶏などのお肉のスライスの他、白菜、小松菜、豆腐などなど――野菜もたくさん運ばれてきている。
景一や静香さんがぽんぽんとお肉と野菜を投入しているので、俺はアクとり用の網を持って浮いてきたアクを片っ端から掬っていった。
ちなみに小日向は一枚の豚スライスを投入用のお箸で持って、すい~っ出汁の中を泳がせていた。真剣な表情をしている。一つ一つに真剣なタイプなのだろうか。
「盛り合わせもすぐになくなりそうだな。追加注文もどんどんしようぜ」
景一の言う通り、あっという間に盛り合わせの食材は半分以下になってしまった。まぁその分お鍋の中はごちゃごちゃしているが。
「ある程度減らしてからな――あっちのテーブル見てみろよ、ごまだんごで埋め尽くされてるぞ」
俺はそう言って、高田や鳴海たちのいるテーブルを親指で示す。サイドメニューのごまだんごは一皿三個で持ってくるようなのだが、彼らのテーブルにはそれが十皿ぐらいあった。しゃぶしゃぶなんだから肉を食えばいいのに。まぁそれは人それぞれなのかもしれないが。
「……あれでお腹埋まるぞ」
「まぁなにを食べようが自由だけどな。食べ放題だし」
そんなやりとりをしながらも、俺はアク取りを継続。静香さんはさっそく出来上がったお肉と野菜を取り皿に持って、ゴマダレに付けて食していた。「ビールが欲しい!」と嘆いていたけど、俺たちは苦笑するしかない。だって静香さんの車で送ってもらっているから、彼女に飲酒されては困るのだ。
「美味しそうだな」
隣に座る小日向が、手塩にかけて育てたお肉をふすふす言いながら俺に見せてきたので、とりあえず褒める。ありきたりな感想しか言えなかったけど、小日向は満足そうににんまりしていた。可愛い。
彼女はお肉を取り皿に乗せると、お鍋からえのきをひょいっと持ってきて、それを自前のお肉で包む。ポン酢にちょんとつけると、そのお肉を俺の口元に持ってきた。
「……自分で食べるんじゃないのか?」
「…………(ぶんぶん)」
「俺用に作ってくれてたの?」
「…………(コクコク)」
何この子。天使なの? 天使かもしれない。いや、天使だな。
彼女が丹精込めて用意してくれたお肉だ。人目があろうとなかろうと、例えクラスメイトが周りにわんさかいようと、目の前に姉である静香さんがいようと構わない。俺は彼女の「はい、あーん」を受け入れることにした。
「――ん、美味い。いい茹で加減だ」
これまたひねりのない感想しか出てこなかったが、小日向はむふーと嬉しそうに表情を緩める。どちらかと言うと彼女のこの表情のほうが俺は美味しい。
「お前もちゃんと食べろよ? せっかくの食べ放題なんだし」
俺がそう言うと、小日向はコクコクと頷いたのち、お鍋から適当に肉と野菜を掬ってからポン酢に付けてパクリ。自分の分はあまり茹で加減とか気にしていないらしい。
彼女はそうやってお鍋の中の食材をちまちまと食べたあと、もう一度すい~っとお肉を泳がせ始める。
「それは自分の?」
「…………(ぶんぶん)」
「それも俺の分?」
「…………(コクコク!)」
随分と楽しそうだ。そしてとてつもなく可愛い。
小日向が美味しい肉を食べるためにも断りたいところだが、彼女の好意を無下にすることもできないので、俺はアク取り係を景一に譲って、小日向の分のお肉を作り上げることにした。やられたらやり返すのだ。
どうやら小日向も俺がお肉を用意していると察したようで、俄然ふすふすを加速させていた。頬がこれ以上ないほどまでに持ち上がっている。
「ちなみに智樹くん、そのお肉は誰の分かな?」
「いや~静香さん。見ての通りじゃないっすかね。俺、早くも胸やけしそうっす」
「殿堂入りのカップルのすることだからねぇ、聞くまでもないか」
「俺たちは適当に追加注文しておきましょうか。水餃子とか美味しそうっすよ」
「お、いいねぇ」
俺が静香さんの質問に答えるまでもなく、あちら側で会話が完結してしまった。
ほんの少しだけ二人の世界に入ってしまっていたので、反省。今は四人でテーブルを囲んでいるのだから、みんなで楽しむべきなのに。
「あー……景一、良かったらこの肉いるか?」
「……別に俺がもらってもいいけど、隣に座っている女子を見て判断しような」
景一に言われた通り顔を横に向けてみると、小日向があからさまにしょんぼりしていた。
手はお肉をきちんと泳がせているのだけど、眉尻は下がっているし、唇は尖っているし、肩も落としている。なんだか砂場でいじけている子供みたいだ。
「すまん。やっぱ今の無しで。これは小日向にやる」
「是非そうしてくれ。俺は茹で加減の違いなんてよくわからないしな」
苦笑しながら景一は言う。俺も正直茹で加減なんてよくわからないけど、小日向が用意してくれたという事実が最高の調味料となっているのだ。美味くないわけがない。
「おい鳴海、また鼻血が垂れてるぞ――って黒崎もかよ……先生―っ! 鳴海と黒崎が――って松井先生も!?」
そんな高田の声が店内に響くが、我がクラスは一人としてその叫びに動じることはなかった。まぁ、よく見る光景だからな。
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