第136話 文化祭の打ち上げ 前編




 獲得票数五千百七十三――桜清学園の生徒は千人にも満たないはずなのに、その五倍を超える票が俺と小日向に入っていた。


 いやいやそうはならんだろ。街ぐるみかよ。


 投票用紙にはエントリーしている人たちの名前やカップルPRの欄があるらしく、チェックを入れるだけになっているようなのだが、俺たちに投票するとなると名前を知っていなければ不可能である。つまり、その場のノリで適当に投票した結果、すさまじい偏りをみせたという可能性もない。


「一位おめでとう景一」


「そっちこそ殿堂入りおめでとう」


 本格的な片づけは後日行われるため、さくっと片づけを終わらせて、現在は教室にクラスメイトが集まっている状態だ。


 うちの高校では後夜祭はないが、このあと二年C組では打ち上げとしてしゃぶしゃぶの食べ放題に向かう予定である。送迎には担任である松井先生の他、数人の保護者も協力してくれるようで、その中には小日向の姉である静香さんも入っている。


「めでたい――か。お前、自分たちに五千票以上入ってさ、素直に喜べる?」


「無理、怖い」


「だよなぁ」


 俺も怖い。俺の知名度は小学校中学校を含めて、せいぜい百人か二百人ぐらいだと思う。どう考えても俺の名前を五千人以上が知っているとは思えない。


 やはり例の組織の力なのか……あの人たち、一人で百票ぐらい書きそうだもんな。手書きなのによくやるよ。


「ちなみに、一人一票らしいぞ」


「追い打ちヤメロ」


 景一の何気ない呟きに、俺は思わず机に突っ伏す。天板に向かって大きなため息を吐いていると、前の席に座る小日向に頭をヨシヨシと撫でられた。お前も当事者なんだがな。


「小日向は平気そうだな」


 ぽつりとそう漏らすと、小日向はコクリと頷いてからふすー。スマホを弄って、画面を俺に向けてくる。そこには「智樹は私の」と書かれていた。


「あぁ……これで他の人が寄ってこないってこと?」


「…………(コクコク)」


 どうやら小日向は、周囲にカップルだと認知されて嬉しいらしい。


「心配しなくとも、俺は元からモテてないぞ」


『智樹、かっこいいから不安』


「いや、それは、まぁ、ありがとうなんだけどさ。それを言ったら俺のほうが不安だよ。この票の数だって、ほぼ小日向の人気によるものなんだからな?」


 ほぼというか全部な気がするけども。


『違う。智樹が優しくてかっこいいから』


「いやいやそうじゃないから、お前が可愛すぎるからだぞ」


『智樹は渡さない』


「……そもそも誰も欲しがってないんだがな」


 小日向があまりに自分の価値を理解していないので、お互いにむっとしながらそんなやりとりをしていると、背後から咳払いが聞こえてくる。振り返ると、景一が苦笑いを浮かべており、視線で俺に周囲を見渡すように促した。


 景一に従いしぶしぶクラスメイトたちに目を向けてみると、床に倒れているものや机にうつ伏せになっているもの――その他の生徒も俺たちに向けて温かい視線を向けてきていた。


 どうやら、周囲のクラスメイトたちにも俺たちのやりとりを観察されていたらしい。

 というか反応がまさにKCCの人たちみたいな気がするんだが……まさかね。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 学校でHRを終えると、そのまま俺たち二年C組は学校近くにあるしゃぶしゃぶ食べ放題のお店――『NK』へとやってきた。


 事前に予約はしているし、帰りの時間は多少遅くなるが、保護者たちが送迎を行ってくれるようだし、各家庭で了承済みらしい。てっきり不参加の生徒も何人かいるかと思ったが、まさかの全員集合だった。


 お店に着くと、それぞれグループに別れてテーブルに付く。四人掛けの席で、俺の隣にはいつものように小日向がおり、向かいには景一、その隣には静香さんが座っている。


「野乃ちゃんがいないのは残念ね。まぁ他のクラスだからしょうがないか」


 メニューを広げながら、静香さんが言う。聞くところによると、冴島のクラスはファミレスで打ち上げを行っているらしい。


「まぁ景一は寂しいかもしれませんね。なにしろ桜清学園のベストカップルの片割れですから」


「殿堂入りが何を言ってやがる」


 あかん。墓穴を掘った。


 ここで言い返すとさらに穴を深く掘ってしまいそうな気がしたので、俺は景一を無視してから小日向に「何から食べようか」と声を掛ける。すると小日向は俺の肩に体重をかけるように寄り添ってきて、メニュー表を俺にも見えるように広げた。


「まぁしゃぶしゃぶだし、とりあえずお肉――と言いたい所だけど、偏りそうだし、おすすめの盛り合わせを頼んどくか。そのあと追加する形で」


「…………(コクコク)」


俺と小日向の会話に、景一も「じゃあそれをとりあえず四人前にしとくか?」と反応し、静香さんも「じゃあ私も」と口にする。


 そんな感じで、俺たち以外のテーブルも続々と注文を開始。

 まず飲み物を全員が用意して、松井先生が「文化祭お疲れ様でした」と簡単に乾杯の音頭をとる。


 そんな風にして、文化祭の打ち上げは始まった。




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