第87話 学園一のバカップル



 時は進んで七月一日――金曜日。


 期末テストが終わり、クラスメイトたちも夏休みが目前に迫ってきたことにより、みな浮足立っている様子だ。かくいう俺もその「みな」に含まれる一人であり、長期の休みを前にして色々な妄想を繰り広げていたりする。誰かさんの水着姿とかね。


 去年ならば単に「稼ぎ時だなぁ」と考えていたけれど、今年は「小日向と何をして遊ぼうか」という考えが一番上位にやってくる。もちろん景一や冴島、薫や優とも遊ぶ予定だけど、やはり真っ先に思い浮かぶのは小日向の姿。そりゃ好きなのだからしかたない。


 バイトのシフトも調整してもらい、週に三日は休めるようになったし、予定も立て放題である。


「じゃあプールか海に行くのはいいとして、どこに行くかってのも決めておかないとなぁ」


「海だとそんなに選択肢はないけど、プールはいくつかあるもんね」


 昼休み。いつものメンバーで中庭に集まり、食事をしながら俺たちは夏休みの予定について話し合っていた。


 ちなみに、現在の小日向は甘えん坊モードである。


 試験頑張ったから良いよね? ってことらしい。もちろん良いです。

 彼女は俺の足の間に挟まり、俺の胸に背中を預けて自前の弁当を食べている。ほんわかした視線が全方位から突き刺さっていたり、「会長―! 副会長―!」と叫ぶ声が聞こえる気がするけど、幸せなので無視することにした。


「日程に関しては智樹に合わせるのが一番楽だよな。ほとんどバイトだろ?」


「これでもいちおう去年よりは減らしてるよ。あとは親父が一度くらい帰ってくるだろうから、俺の用事はその二つだけだな」


 それでも景一の言う通り、このメンバーだと一番予定が埋まってしまっているのは俺だと思う。


 景一のモデルのバイトは増やそうと思って増やせるものではないだろうし、小日向や冴島も親戚の集まりに顔を出すぐらいしか予定はないみたいだからな。


「できれば旅行とかもしたかったんだけどなー」


「そりゃ難しいんじゃないか? 一泊二日でもそれなりにお金はかかるし、保護者がついて来てくれないとまずいだろ」


「あー……うちは共働きだし無理かも」


「うちもだ。そして智樹と小日向も親は忙しそうだからな。日帰りぐらいなら、俺たちだけでもいいかもしれないけど」


 冴島が夢のある話をして、景一は現実味のある話をしている。

 意外とバランスがとれたペアなのだろうか――そんなことを思いながら二人のやりとりに耳を傾けていると、小日向がトントンと後頭部で胸を叩いてくる。


「どうした?」


 そう問いかけて、彼女の右側から顔を覗き込むように身体を傾けると、ズイッとミートボールが突き刺さった箸を目前に差し出された。


 体勢の都合上、小日向の表情までは確認できないのだけど、おそらくこれは伝説の『はい、あ~ん』という奴ではなかろうか。


 親友とその彼氏が、俺たちを含めた夏の予定について話し合っているというのに……マイペースな子だ。可愛い。


 とりあえず小日向の好意を無下にすることはできないので、俺は羞恥心を我慢してミートボールに食らいつく。咀嚼しながら、楽しそうに身体を左右に揺らす小日向を見て、俺は心の中でため息を吐いていた。


 これが間接キスになっているということに――たぶん小日向は気付いていないんだろうなぁ……。なんだか一人で喜びと恥ずかしさが限界突破してしまっている状態で空しい。せっかく木陰で昼休みを過ごせることができているというのに、顔が熱くなってしまったじゃないか。


 というわけで、道連れすることに決定。


「間接キスになっちゃうな」


 景一や冴島には聞こえないように。小日向の耳元でささやくように言った。小日向から仕掛けてきたことだし、俺は悪くない。事実を伝えただけなのだ。


 耳元で喋ったことがくすぐったかったのだろう――小日向は一瞬身体を強張らせる。そして遅れて言葉の意味を理解したのだろう、ギギギと錆びついたロボットのような動きでこちらに顔を向けた。顔は予想通り真っ赤になっている。


「やっぱり気付いてなかったか」


 俺が苦笑しながら言うと、小日向はギギギと首を上下に動かす。それから彼女は、太陽の光に反射して光り輝く箸の先端に目を向けた。


 冷静になって考えると……もし小日向が洗うと言ってきたらそれはそれでショックだな。なぜ俺は自ら危険な真似をしてしまったのか。黙っておけば良かったかも。


 しかしこうなったら――自分から行動して傷口を浅く済ませたほうがいいだろう。そう思って、俺は小日向に「洗ってこようか?」と提案してみる。すると彼女は、うんともすんとも言わずにしばらく箸を見つめたあと――ひょいっと自分の口の中に箸を突っ込んだ。


 思い切った小日向の行動に目を丸くしていると、彼女はこちらをチラッと見てからすぐに背を向ける。いや、ただ単に前を向いただけなんですけどね。


 小日向は食材が不在状態の箸を口の中でしばらくもきゅもきゅとしてから、また普通に弁当のおかずをつまみ始めた。表情は見えないけど、耳が赤いから平常心ではないことはたしかだ。プチトマトをつまもうとして何度も失敗しているし。


「いや~、昼間っから見せつけてくるねぇお二人さん」


「さすがにそれを人前でする度胸は俺にはまだないわ」


 いったいいつからこちらに目を向けていたのか。景一冴島カップルがそんなことを言ってくる。お願いですからツッコまないでください。


「えー? 私は別に平気だよ? やっちゃう?」


「恥ずかしいから勘弁してくれ」


「あははっ! 冗談冗談!」


 イチャイチャしやがって――と言いたいところだけど、これは確実に「お前が言うな」と言われる案件である。さすがに理解した。


 しかし冷静になって客観視してみると、この校内で俺と小日向以上に四六時中くっついている男女って、いないんだよなぁ。


 桜清学園一のバカップル――このまま小日向との仲が深まっていけば、そんな称号を手にしてしまいそうな気がした。

 

 

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