第86話 水着の選択
プリクラもとったし、さぁマンションに帰るか――とは当然ならない。
あくまでゲームセンターに来たのはついでであり、本来の目的は小日向の水着購入である。聞いてみると、やはり彼女が購入するのは学校用ではなくプライベート用の水着らしい。
「手を繋いでいるから怪しまれることもないだろうけど」
俺は小日向に手を引かれながら、水着のコーナーへとやってきた。
同世代らしき女子たちがキャイキャイと楽しそうに水着を選んでいるなか、男の俺がいてもいいものかと悩ましいところだが、まぁ下着売り場ではないし、小日向の付き添いで来たであろうことは見てわかると思うので、ここは堂々としておけば問題ないと思われる。
様々な形状、柄、色の水着が並んでいるなか、小日向は俺の小指をニギニギしながらそれらをジッと眺めていた。なんだか俺の小指、彼女にとってハンドスピナーみたいな役割を果たしていそうだな。精神安定剤的な。
「ん? 小日向はどういうのが好きなの?」
しばらく水着に視線を向けた小日向がこちらを見上げてきたので、俺はそう問いかける。すると小日向は、自分でもよくわかっていなさそうに首を横に傾けた。
小日向の水着か……彼女にはどういうのが似合うんだろうか?
目を瞑り、脳内で小日向に色々な水着を着せてみようとするが、俺の妄想力のレベルが低いためになかなかうまくいかない。実際に身に着けてくれたらわかりやすいけど、さすがに全種類着てもらうわけにもいかないからなぁ。
そもそも小日向が着たいものが一番だし、俺はあくまで付き添いだ。意見を求められたら答えるぐらいでいいだろう。
そう思って閉じていた目を開けてみると、布面積の少ない真っ赤なビキニを身体にあてて、「これは?」と言った様子で小日向がこちらを見ていた。
「……それはやめとこう。もうちょっと大人になってからにしなさい」
「…………(コクコク!)」
俺の言葉に、小日向は元気よく頷く。
凹凸がしっかりとしたスタイルならば大人だろうが子供だろうが似会うのだろうけど、小日向にはまだ早いのではないかと思う。まぁ付け加えるのであれば、あまり布面積が少ない水着だと、俺は彼女が周囲の人を悩殺してしまいそうで心配だ。独占欲もあるけど。
しばらくそうやって小日向は壁にかかっているハンガーを手に取っては、自分の身体にあてて、俺に意見を聞いてくる。
なんとかサイズ的にも年齢的にも布面積的にも問題なさそうな三着の水着にしぼるところまでやってきたので、小日向は俺を伴って試着室に向かって歩いていく。
布のカーテンをシャッと開けてから、小日向が試着室の中に入ろうとしたところで、俺はストップをかけた。
「手を解きなさい。お前は俺の目の前で着替えるつもりか? まぁ、小日向が俺に裸体をさらしたいっていうなら、別に止めないけど」
もちろんそんな光景を見たら鼻血を吹き出してぶっ倒れる自信があるし、そもそも遠目でこちらを見ている店員が止めに入りそうなものだけど、小日向をからかいたい気分だったのでそんなことを言ってみる。
すると小日向は顔を真っ赤に変化させてから、「智樹のエッチ!」とでも言うように腰辺りをペチペチと何度も叩いてきた。可愛すぎかよ。
結局、小日向は俺の手を離して一人で試着室へ。一度入ってから顔だけひょっこりと出して、ジッと俺の目を見てくる。
「はいはい、覗きませんよ。――それで、俺は近くで待ってたほうが良いか? それともベンチで待っておこうか?」
まだ顔がやや赤いままの小日向にそう質問すると、彼女は試着室の中にいったん入る。そしてスマホを持った手だけがニョキっと隙間から飛び出してきた。
『智樹が好きなの選んで』
「……了解。じゃあ近くで待ってるよ」
俺好みの水着を選んでくれるということは、この夏に俺とプライベートで海やらプールやらに行くことを想定しているということだろうか。
そういえば冴島も景一と水着を買いに行くというような話も聞いたし、もしかしたらこの四人でどこかに出かけることになる可能性もある。
今年の夏は、これまでとは一味違う夏になりそうだな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
目的の水着の購入は無事完了。
夕食は近くのファミレスで終わらせて、俺は小日向を自宅に送り届けてから自宅へと帰還した。
一年近く一人で暮らしていたはずなのに、誰かさんの影響で最近は一人でいると静かに感じてしまう。小日向がいたところで静かなことには変わりはないのだが、やはり一人と二人とでは大きな違いがあるようだ。
俺は風呂を済ませて、ベッドに横になってから今日の買い物を思い出す。
小日向が――というか、俺が選んだ水着は上下が別れたセパレートタイプのもので、上下ともにヒラヒラしたものがついており、下に関してはもはや水着というよりスカートみたいな雰囲気のものだった。色は薄く淡いグリーンで、ワンポイントで黄色い花が小さく刺繍されている。
最初に彼女が試着した水着がまさにこれだったのだが、その時点でもう俺の中では「これしかねぇ!」という気分だった。いちおう他の二着も着てもらったのだけど、どれも可愛いがこれには劣る――といった感じだった。完全に俺の好みの問題なのだけど。
余談だが、小日向のおへそはちっちゃくて可愛かった。
「……いつかプリクラとかでも普通に笑うようになるのかね」
スマホの待ち受け――俺が小日向の後ろから抱き着いている写真を眺めながら、独り言をつぶやく。彼女の表情はあまりないけど、楽しそうにしているのはずっと一緒にいるからなんとなくわかる。とてつもなく可愛い。
静香さんは小日向に関して「喜怒哀楽はハッキリしていた」と話していたから、これから彼女の心の傷が改善されるにつれて、もっと様々な顔を俺に見せてくれることになるのだろう。
まったく……これ以上小日向が可愛くなってしまったら、俺はいったいどうなってしまうのやら。
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