第53話 いるだけでいい



「……こういうのは普通、俺じゃなくて家族が止めるもんじゃないのかね……俺が小日向に手を出す可能性とか視野にいれてくれよ」


 俺はせわしなく動く小日向家の面々を見ながら、部屋の隅っこでそんなことを呟いていた。本当に、どうしてこうなってしまったんだろうか。



 主に小日向の試験対策をする形で勉強をこなして、洗面台の前で仲良く並んで歯磨きを終えると、時刻は夜の十一時を過ぎた。


 で、机を片付けて布団を敷こうと思ったのだが――なぜか小日向と母親の唯香さん、姉の静香さんがこの客間に布団を運び始めたのだ。静香さんは敷布団を、そして唯香さんは掛布団を。ちなみ小日向も目を輝かせて枕を運んでいた。


「何やってるんですか!?」と問いかけてみても、彼女たちはニコニコするだけで何も答えてくれない。小日向は小日向ですごく楽しそうにふすふすしてるし、女性陣に対し力づくで止めるという手段も不可能である。結果、ぶつぶつと俺は独り言をつぶやきながらその光景を眺めることしかできなかったわけだ。


 そしてあっという間に、俺の敷いた布団の隣に小日向の物らしき布団が設置される。夫婦かな?


「あのですね……俺は明日香さんと付き合っているわけではないんですよ? ただの友人です。泊まることですらセーフに近いアウトだっていうのに、これはもう完全に言い逃れようのないアウトですからね?」


 俺は布団の横に正座して、やりきった顔の小日向親子に咎めるような口調でそう言った。


 ちなみに小日向は俺の発言は聞いていなかったようで敷いたばかりの布団の上でごろごろと転がっている。旅行の日の夜みたいなテンションだな。楽しいようでなによりだが、お前の話をしているんだぞ?


「でも智樹くん、そういうチャンスなら今までもいっぱいあったでしょ? 君の家で二人きりの時もあったけど、明日香を見た感じ智樹くんは何もしていないみたいだし」


「……これからもそうとは限らないじゃないですか」


 最近の小日向の攻めは本当にすごいんだからな。


「うふふ、本当に悪いことを考える子はそんなこと言わないのよ、智樹くん」


「うんうん。智樹くんは明日香のことよく考えてくれてるよねぇ」


 ……うっ、確かに俺は小日向を傷つけるようなことはしないと誓って言えるが、こうまで警戒心が薄いと小日向が心配になってしまう。

 まぁ、その時は俺が小日向家の代わりに彼女を守ればいいだけか。


「俺が言うのもアレだけど、お前は年頃の可愛い女の子なんだから、もっと男を警戒しろよ?」


 仰向けの状態で、大の字になっているウサギに俺は言う。


 起き上がったウサギは四つん這いになって俺の元へと寄ってきて、ぐりぐりと腹に頭突きをし始めた。小日向は今日勉強頑張っていたし……拒否するのは申し訳ない。

しかしほんの少しぐらいは家族がニヤニヤと眺めているということを考慮してくれてもいいのではなかろうか。俺はとても顔が熱いんだが。


「というかもはや何をしても問題ないぐらいに仲が良さそうなんだけどね……よく智樹くん我慢してるよ」


「母親としては明日香が幸せならなんでもいいわよ~」


 家族公認みたいなことを言うの止めてくれますかね!?

 いよいよ俺の自制心が煩悩に負けてしまう可能性が出てくるじゃありませんか!



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 静香さんと唯香さんが客間をでて、とうとう俺たちは二人きりになってしまった。部屋の明かりはまだ付けたままで、俺は小日向と一緒に天井を見上げている。


 明日、景一と冴島にはどうやって言い訳をしようかな……目が覚めるのが早かったから、一人で先に来たとか言えばいいか。いくらでもごまかしはききそうな気がする。

 んだか内緒にしていると悪いことをしている気分になるが、さすがにこれはそう易々と言える内容でもないだろ。


 などと布団に横になってから考えていると、小日向が俺の肩をツンツンと突いてきた。顔を向けてみると、彼女は布団から顔だけをだして、楽しそうにふすふすと鼻息を鳴らす。


 こいつは本当に……はぁ……。


「楽しいのか?」


「…………(コクコク!)」


 いつもより勢い五割増しだ。なんだかこうして小日向が学校では見せない姿を俺だけ見ていると思うと優越感が湧いてくる。


 父親に対しても小日向はこんな感じだったのだろうか?

『パパによく甘えてた』みたいなことを静香さんが言っていたしなぁ。


「そっか……それなら泊まりがいがあるってもんだ。だけど、俺は特別話しが上手いってわけでもないし、こうやって一緒に寝るぐらいしかできないんだぞ? 女子の扱いになれているわけでもないしな」


 自虐的にそんなことを言ってみると、小日向はブンブンと首を横に振る。

 それから小日向は枕元に置いてあったスマホを手に取ると、ポチポチと文字を入力し始める。そして画面をこちらに見せてきた。


「『いるだけでいい』――って、くくっ。俺の存在全肯定かよっ」


 嬉しかったが、それと同じぐらい気恥ずかしくなって小日向の頭をペチリと軽くたたく。すると彼女は嬉しそうに頭を左右に揺らした。


 俺は小日向にとってアイドルみたいなものなんだろうか? なんだよ『いるだけでいい』って――……、


 あぁ、そうか…………彼女の父親は、その『いるだけでいい』を遂行することが叶わなかったのか。


「『鬱陶しいから離れてくれ』って言われるまでは一緒にいるよ。だから心配すんな」


 そう言って、俺は小日向の頭を繊細なガラス細工にでも触れるように優しく撫でる。彼女は顎を撫でられる猫のごとく、目を瞑って気持ちよさそうな様子だった。



 こうして俺は初めて女子の頭を撫でたわけだけど、緊張とか恥ずかしさは特に感じられず、心を安定させるような成分を摂取することができたような気がした。

 


~~作者あとがき~~


本日はめでたい日ということで、すぐにもう一つお話をアップします!お楽しみに!

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