第199話 あーんして



 俺が小日向に渡した誕生日プレゼントの興奮が少し覚めたところで、静香さんと唯香さんも小日向にプレゼントを渡していた。てっきりマフラーとばかり思っていたけど、彼女たちが渡したのは洋服と小さなバッグだった。


 どうどう、似合いそう? と言いたげに、小日向は自身の身体に服やバッグを当てて俺に見せつけてくる。はい可愛い。


 どうやら今度休日に遊ぶ際に着て来てくれるらしいので、それまで楽しみにしていようと思う。白地に茶色のアクセントが入った皮のバッグに、ライムグリーンのハイネックになったセーターだ。こういった服にもきちんと名称があったりするのだろうけど、生憎ファッションに疎い上に女物であるならなおさらわからん。覚える必要性も感じない。


 全員からのプレゼントが小日向のもとにやってくると、小日向は先ほど俺が渡した紙袋からごそごそと中身を取り出して、ふすーと周囲に自慢するように鼻息を鳴らしながら耳当てを装着。そしてその上にバランスよく静香さんが王冠を乗せた。


 それからさらに小日向は手袋まで付けようとしたので、さすがにそこで俺はストップをかけた。食事中に手袋なんてつけたらお皿もフォークも持ちづらいだろうに。こぼす未来がありありと見える。


「手袋はダメ。耳当ては別にいいけど、暑くない?」


「…………(ぶんぶん)」


 真顔で首を振った小日向は、俺の静止を無視して手袋を装着。パフパフと手を叩いて、着け心地を確かめていた。もしや先ほどの否定の首振りは、「暑くないか?」に対してではなく、「手袋はダメ」の方だったのだろうか。


 俺のプレゼントを嬉しく思っているという点を考えれば俺だって喜びたいのだけれど、万が一小日向がここで食べ物をこぼして手袋を汚したりしたら、彼女はひどく落ち込んでしまいそうだ。誕生日当日だし、それは絶対に避けなければならない。


『智樹、なんでもするって言った』


 スマホにタッチ可能な手袋であるのをいいことに、小日向は俺のプレゼントを装着したまま文字を打ち込んで俺に見せてくる。


 ふむ……必殺技を当たり前のように繰り出してきたのはいいとして、これはいったいどういう意味だ? 彼女の言う『なんでもする』とは、『許可』も入っているということだろうか? できれば小日向には楽しいまま一日を終えてもらいたいから、手袋をしたまま食事するのは避けてもらいたいが――


『あーんして』


 違った。想像の上をいかれた。いつもの小日向だった。


「いやお前……景一たちはともかく家族の前で恥ずかしいとは思わないのか?」


 こそこそと周囲に聞かれないように問いかけてみると、彼女はぶんぶんと顔を横に振ってから『お姉ちゃんもお母さんもする』と文字にして俺に伝えてくる。


 いやそりゃ家族だとありかもしれないけど、俺はいちおう異性の男子なんだぞ? そこんところちゃんと理解してほしいんだが。あと俺が恥ずかしいということも考慮してほしいものである。


「お、見てみろ野乃。智樹のあの表情は『小日向から恥ずかしいことを要求されて葛藤している時の顔』だ。覚えておいて損はないぜ」


「なるほど! 覚えた!」


「あらあらそうなの~智樹くん可愛いわねぇ」


「ははーん……さては明日香から『あーんして』とか言われてるな?」


 もうやだ。帰りたい。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 その後、穴を掘って地中に潜りたい衝動に駆られながらも、俺は本日の主役である小日向の要求通り、口の中に卵や砂糖やら薄力粉やら牛乳などの混合物を放り込んだ。


 照れてしまっては余計にからかわれるだろうと予想した俺は、開き直って「はいあーん」、「はいもぐもぐして~」などと、俺だけでなく小日向にも羞恥心を感じてもらおうと奮闘したのだけど、俺の黒歴史が増えただけだった。消えてなくなりたい。


 俺の黒歴史が製造された代償に、小日向は大層満足そうにしていたからまぁよしとしておこう。というかそういうことにしてほしい。報われたい。


 その日は夜の十時きっかりに解散し、俺と景一は静香さんにマンションまで車で送ってもらった。冴島はそのまま小日向家でお泊まりして、景一は俺の家に泊まる形だ。



「はー、やれやれ。楽しかったとはいえやっぱり疲労は溜まるよな。女子の家だと気を使っちゃうし、ご家族がいると言葉も選ばないとだし」


 景一は俺よりも先に玄関を抜けて、荷物をリビングに下ろすとその場で仰向けになった。俺は荷物を自分の部屋に持っていたのち、冷蔵庫から麦茶を取りだいて二つのグラスに注ぐ。


「まぁな。女子との付き合いがほとんどなかった俺たちならなおさらだ。というか、あの花火って絶対会長たちの仕業だよな? 景一はなんか聞いてた?」


「いーや、全く。あの人たちの団結力には恐れ入るよ。花火とか学生レベルの話じゃねーもん、普通じゃない」


 景一はそう言ったあとに、「普通じゃないから、見ていて面白いんだけど」と笑いながら付け足した。その意見、当事者になったら言えるかな景一くん?


「はぁ……景一のファンクラブとかできねぇかなぁ」


「悪意しか感じないんだけど!?」


 そりゃそうさ。親友なんだから付いて来てくれよ。




~~作者あとがき~~


いまふと気づいたけど次で二百話らしいですよ小日向さん。

ここまで長く書くとは思っておりませんでしたわ……

いつもお読みいただき、そしていいねやコメント等もありがとうございます!

お気づきになっているかもしれませんが、この物語についているコメント数、すさまじいんですよ(笑)本当にありがとうございますm(_ _"m)

これからも可愛い小日向さんをお届けできるよう頑張ります!

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