第198話 誕生日おめでとう
十中八九KCCの仕業と思われる花火観賞を終え、唯香さんが切り分けてくれたケーキを食べながら、いよいよプレゼントを渡す時がやってきた。
食べ終わったぐらいに渡すのかなぁと思っていたけれど、本日の主役さんはプレゼントが気になって気になって仕方がないといった様子だったので、もう渡しちゃおうかと景一たちとアイコンタクトをとった。
「じゃあお楽しみは最後ってことで、俺たち二人からだな」
景一は余計な前置きをしてから、持ってきたビニールから大きなクマのぬいぐるみを取りだした。小日向といえばウサギの印象があったけれど、クマにしたらしい。まぁ以前リアルなクマのお面を付けていたこともあったから、好きなことは間違いないだろう。
ブラウンのモフモフした生地で、抱き心地が良さそうなサイズ感だ。四、五才の子供ぐらいの大きさである。くりくりした目で愛嬌があるのだけど、しっかり手と足には凶悪そうな爪がくっついていた。まぁそれも柔らかい生地なのだが。
しかし胸に刺繍されている『T』の文字はいったい何を示しているのやら。
「杉野くんクマさんだよーっ!」
「だよなぁ!? 薄々感づいていたけど、やっぱりそのTって『智樹』のTかよ!」
さっきTの花火を見たばかりだからまさかとは思ったが……よくそんなクマさんが都合よく売ってあったもんだ。
「いいじゃんいいじゃん! これで杉野くんがいない夜もぐっすりだよ!」
「いや、小日向はしっかり毎日寝てるだろ……」
俺と夜チャットしている時は、だいたい小日向が先に寝落ちするぞ。
楽しそうに笑っている冴島から景一に視線を移すと、俺の親友は歯をきらりと輝かせて親指を立てていた。捻じ曲げるぞコラ。なに親友の分身をプレゼントしてんだ。
「そんな『小日向が喜ぶのは嬉しいけど恥ずかしからとりあえず反抗しておこう』みたいな表情するなって。ほら、小日向見てみろよ」
随分と具体的に俺の表情を言い表した景一に従い、隣の小日向に目を向けてみると、クマさんの両脇に手を入れて正面からマジマジと顔を見ている。しばらくふすふすしながら顔を観察した小日向は、ギュッと一度だきしめてから自分の膝の上に座らせた。クマの頭を撫でながら、俺にスマホの画面を向けてくる。
『智樹二号もらった』
「俺が一号ですか。ま、良かったな」
『あとで智樹も膝の上乗せてあげる』
「そういえばお姉ちゃんモードか……はいはい。だけど俺はお前と違って重いから膝が痛くなるかもしれないぞ?」
『じゃあ私が乗ってあげる』
いつも通りじゃねぇか。
クマさんを膝に乗せた小日向を眺めながら、しばらく賑やかに食事タイムを過ごした。話題は主に修学旅行の内容で、小日向の家には現在いたるところに俺と小日向のツーショットのカレンダーが貼ってあるらしい。一枚はリビングに設置されており、トイレや小日向の部屋、洗面脱衣室にまで貼っているようだ。静香さんに「見に行く?」と聞かれたけど、当然辞退させていただいた。恥ずかしすぎる。
景一と冴島が小日向のスキーの上手さについて小日向家に語っているなか、真顔で小日向がこちらを見ていることに気付いた。
『智樹からもらってない』
ようやく気付いてしまったか……その事実に。
なんだか小日向はクマさんで大興奮しているようだったので、俺のプレゼントが出しづらくなってしまっていたのだ。俺もぬいぐるみにしたほうが良かったんじゃないかと、みんなで話している最中に何度も考えた。あんなに喜んでもらえたら、プレゼントした景一や冴島は大満足だろう。
俺も喜んでもらえらたらいいなぁとは思うけど、俺は実用系なんだよなぁ。
しかしここで出すのを躊躇ったら、余計にハードルが上がってしまいそうな気がする。
「いちおう、小日向が気に入りそうなものを選んだつもりだよ。誕生日おめでとう」
そう言って、俺は足元に置いてあった紙袋をそのまま小日向に渡した。小日向がしゅんとしてしまったら俺はそれ以上にしゅんとするだろう。
「良かったわね明日香。智樹くんからのプレゼント」
「…………(コクコク!)」
「本当に、嬉しそう――ありがとう智樹くん」
唯香さんは嬉しそうに頷いている小日向に優しい笑みを向けたあと、俺にお礼をいった。唯香さんが言ったお礼には、娘にプレゼントを渡してくれたということ以外の意味が籠っているような気がする。彼女の目がうるんでいることを指摘しようとする人は、この場にはいないようだ。
もう待ちきれない! といった様子で紙袋からモスグリーンの布袋を取りだした小日向は、ふすふすしながら俺を見る。
「開けていいよ」
「…………(コクコク!)」
もうこの喜びようを見るだけで大満足だなぁ。中を見てがっかりしないといいけど。
俺が今回小日向にプレゼントしたのは、耳当てと手袋だ。
耳当てのほうは白と銀の中間といったような色合いで、手袋はそれよりも少し濃い感じ。どちらも親指の爪サイズのウサギさんがワンポイントで刺繍されている。苦労した点といえば、小日向に合うサイズの物を探すのが大変だった。付き合ってくれた景一には感謝である。
本当はこの二つじゃなくて、マフラーをプレゼントしようと考えていたのだけど、冴島と景一からストップがかかってしまったのだ。それはNGだと。
もしかしたら唯香さんや静香さんなど、他の人がプレゼントしようとしているのかもしれない。
まぁそれはいいとして。
「――っ!?」
プレゼントを見るなり椅子から飛び降りて、俺の頬にキスしてきたこのウサギさん、もうすこし自重してくれないだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます