第57話 耐久レース開催決定



 現在俺たちは同級生四人で集まって勉強しているわけだが、率先してふざけたり脱線するような人物はおらず、基本的には真面目に学習していた。


 強いて言うのであれば、小日向が俺に隠れてひっそりと落書きをしていたり、冴島が「体育祭なんだけどさ~」と勉強に飽きた様子で景一に話をふったりする程度。つまりは軽い息抜きレベルのものだったって感じだ。


 もしこの場に春奏学園の薫と優がいたならば、間違いなくゲームを初めていただろうなぁ。あいつら勉強嫌いだし。俺や景一もその流れに逆らえなかった可能性が無きにしも非ず。

 


「おーおー、頑張ってるねぇ高校生諸君!」


「おやつ買って来たわよ~」


 夕方の四時頃、帰宅した静香さんと唯香さんの二人が賑やかな様子で客間へとやってきた。手にはビニール袋を持っていて、うっすらとプリンの容器が透けて見えている。


 もうそんな時間か……今回もわりとあっという間だったな。


 女子と勉強するという慣れない環境だったが、もしかすると俺は結構楽しく思っていたのかもしれない。もしくは、小日向に教えながら勉強するのが面白いのか。


 小日向の試験対策も順調ではあるが、まぁ「やるだけはやった」って感じだ。テスト中にど忘れすることがなければ、全教科50点はとれるんじゃないかと思う。評定のことを考えると60点は欲しいところだが、それは期末試験に期待することにした。


「ありがとうございます。じゃあちょっと休憩にするか」


 俺は唯香さんたちにお礼をいったのち、小日向に向けてそう言うと、彼女は勢いよくコクコクと首を上下に振る。

 おやつが食べたいのか勉強から逃げたいのか……まぁどちらにせよ可愛いことには間違いない。試験が終わったら全力でヨシヨシしてあげたい。


 景一や冴島もお礼を言ってから勉強道具を机の端に追いやって、食事スペースを確保。静香さんたちがビニール袋から取りだしたのは、やはりプリンだった。六個ある。


「いやー、荷物持ち疲れた疲れた。今度は智樹くん連れて行こうかな」


「あら、それは良い案ね静香」


 そんなことを言いながら、二人は当たり前のようにテーブルの前に座ってその場に落ち着いてしまう。どうやら一緒に食べるらしい……なんだか背筋がぞわっとしたぞ。俺の中に眠る第六感が不穏な空気を察知した――のかもしれない。


「どう智樹くん? 明日香は赤点大丈夫そう?」


 静香さんがプリンの蓋を剥がしながら、俺に問いかけてくる。


「赤点はないと思いますよ。明日香さんはどうやら勉強嫌いなだけで、暗記力も応用力もありますし。ただ、やはり時間があまりないので50点から60点ぐらいに落ち着くんじゃないかなぁとは思いますけど」


「えーっ! それでも凄いじゃん! やっぱり明日香には絶対智樹くんが必要だねぇ」


「うふふ、そうねぇ」


 おい二人して囲い込もうとするのを止めろ! 

 小日向の表情を取り戻す為に俺が必要だと思ってそんな言い方をしているのだろうけど、そんな風に言われると顔が熱くなってしまう。


 それにそんなこと言ったら、小日向が迷惑に思うかもしれ――あ、そうでもなさそうですね。家族に同意するようにふすふすしていらっしゃる……。


 俺が小日向を嘆息しながら見ていると、景一が会話の間を埋めるように発言する。


「そういえば智樹が泊まったって聞きましたけど、二人はどんな感じでした?」


「あら? 黙っていた方がいいかと思ってたんだけど、言って良かったの?」


「黙っておくつもりでしたがバレました」


「明日香は隠し事が下手ですからねー」


 静香さんの言葉に対し、俺と冴島がそれぞれ回答する。

 小日向は「申し訳ない」とでも言うように、俺の肩にコテンとおでこをぶつけてきた。可愛い。


「とても残念なことに真面目に勉強していたみたいよ。智樹くんなんか、朝部屋にいったら隅の方で体育座りしていたんだから。私はうっかり一線を超えちゃう可能性も視野に入れていたのになー」


「あらそれはダメよ静香。明日香たちはまだ高校生なんだから。キスとかハグまでにしておかないと」


「じゃあおさわりは?」


「その後に発展しなければいいんじゃないかしら? 保護者が監督している状況なら一緒にお風呂とかもありね」


 お風呂とかもありね――じゃねぇよ! 何を言ってんだこの人ら!? 俺たち付き合ってすらないただの友人だぞ!? 頭の中お花畑か!? ハウ〇テンボスが頭の中で営業中か!?


「お、俺と明日香さんはそういう関係じゃないですから!」


 というか、本人やクラスメイトがいる状況でこの会話はないだろう……景一は俺たちのことをからかう様子もなく、憐みの視線をこちらに向けているし、冴島はそっち系の話に耐性がないのか、顔を赤くして視線をきょろきょろと彷徨わせていた。


 そして小日向はというと、


「…………」


 さきほどから無言で俺の膝をペシペシと叩いている。しかも今回はいつもよりパワーアップして両手バージョンだ。俺の膝、太鼓じゃないんだよ?


 俯いてしまっているので彼女の表情や顔色は窺えないが、耳が真っ赤になっていることから、俺と同じくこの状況を恥ずかしく思っているのだろうと予測。


「聞かなかったことにしような……」


 ぼそりと俺がそう言うと、小日向は俯いたまま首をゆっくりと縦に振る。それから彼女は俺にチラッと目を向けたが、すぐさま俯いてペチペチを再開した。というかなぜ俺を叩く。叩くなら家族のほうだろうに。


「今日は何時ぐらいまで勉強するの? それと、智樹くんはまた泊まってく? そっちのほうが勉強できるんでしょ?」


「あー……さすがに連日お邪魔するとなるとご迷惑になると思いますから……」


 なんだかまずい流れである。


「えー、智樹くんってなんか弟みたいだし、私は気にしないよ? 問題ないよねママ?」


「そうねぇ。せっかく布団も買ったから使ってくれると嬉しいわ。私は明日から仕事で帰るのが深夜0時ぐらいになっちゃうから、お夕食の準備とかはできないけど……」


 今日の話ですよね? なんで明日の夜の話をしているんだこの人は。


「それぐらい私と明日香がやるから大丈夫だよ~、明日香は智樹くんがお泊まりするの嫌?」


 ちょ、ちょっと待て、展開が早すぎる! 色々頭の中でツッコみの渋滞が起きてしまっているんだが!

 と、とりあえず、静香さんのその聞き方はダメでしょう!?


「ちょっと静香さん、その質問だと小日向が断りづらいですよ。――えっと、小日向、俺がいなくても、一人で勉強できそうか? それとも、俺に泊まってもらって一緒に勉強してほしい?」


 ――ふふっ、これは決まったな。


 この聞き方ならばきっと小日向は俺に遠慮して、泊まることを拒否してくれるだろう。

 別に小日向と一緒に過ごすことが嫌なわけじゃないが、手を出すことがNGなクラスメイトの女子に朝っぱらから抱き着かれてしまうんだぞ? そろそろ俺の頭がおかしくなってしまいそうだ。


 もし俺たちがカップルだったならば、むしろこちらからお願いしたいぐらいの状況だけど、相手は俺のことを父親のように思っている小日向である。恋愛感情を持ってはいけないのだ――少なくとも、小日向が昔の小日向に戻るまでは。


 小日向を除く四人から「この意気地なし」という視線を感じるが、気にしない。

 俺は小日向にさらに言葉を掛ける。


「小日向はここのところ頑張っていたし、ずっとクラスの男子が家にいる状況だと気疲れしてしまうかもしれない。テストで十分なパフォーマンスを発揮するためにも、一人の時間は必要だと俺は思うんだが――え、それは泊まらないでいいってこと――違う? 泊まってほしいのほう? ……本気で言ってる? あぁ、はい。そうですか……小日向は俺にお泊まりしてほしいですか……そうですか……」


 俺は尻すぼみになっていく言葉を発しながら、躊躇いがちに首を縦に振る小日向と、ニヤニヤとした表情を浮かべている四人を見る。



 どうやらこの試験期間中、俺の理性耐久レースが行われることになってしまったようだ。


 

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