第56話 案の定、バレる



 小日向一家と朝食を囲んだのち、俺は部屋着から外着へと着替え、客間に広げてあった新品の布団を静香さんの指示のもと押し入れにしまいこんだ。


 小日向も静香さんとともに布団を部屋に戻していたし、これでお泊まりの証拠は隠滅完了。

 そしてテーブルを元の位置に戻せば、あっという間に昨日と何も変わらない部屋の出来上がりである。


 静香さんと唯香さんは九時過ぎにはもう出かけてしまったので、うっかり彼女たちから景一たちに話が漏れてしまうという可能性も無くなった。帰宅後はどうなるかわからないが、まぁたぶん大丈夫だろう。



 景一と冴島は十時頃にこちらにやってきて、俺は「早起きしたから先に来た」と平然と嘘を言ってのける。その場では納得していた二人だが、


「……なんだよ、じろじろこっちを見て」


 景一は勉強を開始してしばらくすると、なぜか俺のことをニヤニヤとした顔で見始めたのだ。まるで俺がなにか隠し事をしていると確信しているような顔つきだ。明日から試験が始まるんだから真面目にやれ。


「別に~、なんか智樹たち、昨日と様子が違う感じがするんだよなぁ」


「そう?」


 景一の言葉に反応し、冴島も顔を上げて俺と小日向を交互に見る。しかし景一のようにはいかなかったのか、首を傾げてよくわかっていない様子だ。


「別に何もないって。景一たちが帰ったあとも荷物運んでからすぐに帰ったし。今日ここに来たのもお前たちが来るちょっと前だから」


「……ふーん、ちなみにその荷物ってなんだったわけ?」


 ……それはとてつもなく答えづらい質問だ。俺の隠しごとに直結してしまっている。「布団一式」だなんて答えたら、景一の思考が「お泊まり」という方向に向かいかねない。


「さぁ? 俺は中身を見てないから知らないぞ――あー、小日向、それ使う公式違う」


 小日向の勉強を見ながら、俺は嘘に嘘を重ねていく。内心は心臓バックバクだ。

 小日向も小日向で、さすがにお泊まりのことはバレるとまずいと思っているのか、落ち着きがなく平常心とは言い難い。間違えた所を消しゴムで消そうとしたようだが、なぜかペットボトルのキャップでノートをこすっている。それじゃ消えないぞ。


 小日向の代わりに俺が横から間違ったところを消していると、景一は俺たちに目を向けながら、さらに話を続ける。


「それに智樹の荷物、なんかやけに多くない? あれ、何が入ってるの?」


「勉強道具だよ」


「それにしてはパンパンになってない?」


「気のせいだ」


「バッグの中見てもいい?」


「ダメ」


「勉強道具が入っているだけなのに?」


「……ダメったらダメ」


 俺が断固として回答を拒否する姿勢を示すと、景一は肩を竦めて冴島と顔を合わせる。なんだその「やれやれ、こいつ白状しないつもりだぜ?」みたいな顔は。部屋着と歯ブラシセットなぞ見せられるわけないだろうが。


 景一はやれやれと言った様子でため息を吐いているし、どうやらこれ以上追及してくることはなさそうだ……良かった良かっ――


「もしかして、昨日小日向の家に智樹泊まった?」


 全然良くねぇっ! そしてなぜバレた!? 相変わらず察しが良すぎるだろこいつ! 


 しかも景一はあろうことか、その質問を俺ではなく小日向へと投げかけたのだ。この誤魔化すことが非常に下手くそな小日向にである。


 小日向はビクッと身体を震わせてから、ギギギと頭を上げて景一に目を向ける。

 そして小刻みに首を横に振り始めた。


「…………(ぶんぶんぶんぶんぶんぶん)」


 ……うん。隠そうとしている努力は認めるけど、もう景一と冴島は「あぁそうなんだ」って顔に変わっているからな?


 仕方ない……泊まったことがバレてしまったのならば、変に邪推されても小日向が困るだろうし、正直に話した方がいいだろう。変に勘繰られたら俺も恥ずかしいし。


「静香さんとか小日向のお母さんが、わざわざ俺のために布団を買ってきてくれたんだよ。さすがにそこまでされたら泊まるしかないだろ? 変に勘違いされても困るから黙っていたけど、本当にただ泊まっただけだからな? 夜は試験勉強の続きをしていたし、なぁ小日向」


 これに関しては真実なので、俺も普通に話すし、小日向もしっかりと一度だけコクリと頷く。景一と冴島は「なるほど」と納得してくれたようだ。


「別々の部屋で寝たの?」


 そして冴島が、小日向に問いかける。俺に質問してくださいお願いします。


「ほー、一緒の部屋で寝たのか、布団並べて?」


 小日向の反応を見て秒で理解してしまった景一が、さらに質問を追加する。もちろん小日向に。


「おいおい、もうその辺でやめてくれ。これはもうからかいじゃなくていじめの範疇だぞ。よく見てみろいまの小日向を――」


 ほらこんなにも涙目に――はなっていないけど、顔は熟れたトマトみたいに真っ赤だ。気恥ずかしさと顔を振りすぎた影響だろうか。


 景一と冴島も必死に首を振る小日向を可哀想に思ったのか(お前らのせいだからな)、「悪かったよ」とか「ごめんね」などといって謝罪の言葉を口にする。


 うんうん。じゃあもうこの話は終わりってことにして、さっさと勉強にとりかかりましょうね。赤点回避はもう大丈夫そうだけど、まだ小日向には伸びしろが十分に残されているのだから、中間考査とはいえ手抜きは無しでいこう。


「時間はもう残り少ないんだからな。ラストスパートで詰め込むぞ」


 俺がそう言うと、小日向は少し気恥ずかしさが残っているようで、もじもじとしていたがしっかりと頷いた。


 そんな俺たちのやりとりを冴島は微笑ましそうに眺めており、景一は何かを考えるように顎に手を当てて見ていた。やがて、景一は口を開き――


「というか小日向の家は他の家族がいるけどさ、試験中ずっと智樹の家に泊まったら朝から晩まで勉強し放題じゃね?」


 そんなことを言い始めてしまった。


 はいそこのアホ! 余計なこと言わない! 


 母親の唯香さんはさすがに止めてくれるかもしれないが、静香さんとかは聞き付けたら面白がって賛成しちゃうかもしれないだろ!



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