第105話 アチアチな二人




「んー? 智樹、首赤いけどどうしたんだー?」


「虫に刺された」


「どんまいどんまい! 他の人は刺されなかったみたいだし、きっと杉野くんのことが大好きな虫なんだろうねぇ」


 コンビニで買ってきた朝食を食べながら、景一と冴島が俺の首元に視線を向けて言う。こいつら、絶対虫刺されとか思ってないんだろうなぁ……これ、誤魔化す意味あるんだろうか。


 ちなみに「変な虫じゃないよな?」と本気で心配してきた親父には、朝二人でコンビニに行った時に事情を説明してある。寝ぼけた小日向が吸い付いてきたと。


 親父は他人事なのでおおいに笑っていた。「お前も大変だなぁ」とは言ってくれたけども。

 そして、隣の席に座る加害者の天使はというと……、


「…………」


 俺の首元に顔を近づけており、人差し指で赤くなった部分を撫でているようだった。こいつはたぶん、自分が付けたマークだとは気付いていない。寝ぼけていたからな。「大丈夫なの?」と言いたげに俺の目を見て首を傾げている。


 そしてそんな加害者意識のない小日向を見て、景一カップルと静香さんカップルが「え?」という顔をしていた。もしかしたら俺が本当に虫に刺されたのだろうかと思っているのかもしれない。


 無駄な心配も掛けたくなかったので、俺は呟くようにぼそりと、


「寝惚けた虫にやられたんだよ」


 小日向以外には伝わるように、そんなことを言ったのだった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 朝食を終えたら、いよいよ自由時間の始まりである。


 候補の一つであった釣りは、ルアーやワームなどの疑似餌はないようだったし、釣りをするために必要な餌もなかったので断念。そんなわけで、別荘裏手のやや開けた場所に小さな穴を掘って、そこに玉を入れるということになった。まぁゴルフである。


 唯一のゴルフ経験者である親父も参加し、大人げなくその実力を発揮するものかと思われたが――結果としては小日向の一人勝ち。十メートルほど離れているにも関わらず、パカパカとホールインワンを決めていた。

 お前、本当になんでもできるのな。

 ちなみに俺と冴島、そして赤桐さんが同率最下位である。


 午前中はゴルフ、そして森の中を少し探検した感じで終了し、昼ご飯は出前のピザだ。

 不健康な食生活のような気もするけど、サラダも注文していたので許してほしい。


 俺たちは昼ご飯を食べてから別荘の中でだらだらと過ごし、三時を過ぎた頃に再び外へ向かった。今度はゴルフのクラブはなく、組み立て式のハンモックを持ってきている。


 森の木々が密集していない平らな場所は午前中に探索したときに把握済みなので、その場所にまでやってきて、ハンモックを地面に置いた。


「しかし自立式のハンモックがここまでコンパクトになるって凄いよなぁ。フレームもしっかりしてるけど、持ち運べる重さだし」


 別荘にあった五台のハンモックのうち、俺たちは四台を森に持ってきている。男女のペアに一人ずつと、親父に一つといった分配だ。


「俺は組み立てたことがあるからわかるぞー。出来たらチェックしてやるから、乗る前に言えよ。危ないから」


「サンキュ」


 持ち運び用のバッグからフレームを取りだして、テキパキと準備を進めている親父が声を掛けてくる。組み立てるといっても、フレームを広げて布を設置すれば終わりのようだ。


「一応僕も慣れていますから、景一くんたちの方は僕が見ておきますね」


「わかった。じゃあそっちは頼んだよ赤桐くん」


 使用するハンモックは違えど、俺たちは別々に楽しんでいるわけじゃない。

大声を出すまでもなく声の届く範囲に全員集まっているし、和気藹々としながらハンモックを組み立てた。



「こ、こ、こここここれ折れたりしないよね? 大丈夫だよね?」


 完成したハンモックに乗ろうとした冴島が、景一の肩に手を乗せた状態で不安そうに言う。


 たしかに冴島が布部分に軽く腰を下ろした時点で、布を支えるフレームがぐにゃりと動いたから、不安に思うのも仕方がないだろう。しかしどうやらそれは仕様っぽいので彼女が体重オーバーと言うわけではあるまい。


 そもそもこのメンバーの中では小日向の次に軽いであろう冴島がオーバーなら、ほとんどの人が乗れないだろうからな。


「いちおう百キロまで大丈夫らしいから問題ないんじゃね? 不安なら俺が先に乗ろうか?」


「う、うん。お願いします……ありがとね景一くん」


 冴島は申し訳なさそうにそう言ってから、景一の手を掴んで立ち上がる。その勢いで二人の身体は接近して、お互いに顔を赤くして目を逸らしたりなんかしていた。


 いちゃいちゃしてやがるぜ。


「あーあー、今日はおアツいですねぇ赤桐さん」


 俺はそんなことを言いながら、ハンモックに寝そべる静香さんをゆらゆらと揺らしている赤桐さんに声を掛けた。


「君たちが一番アツ――あぁ、いやなんでもないよ。木陰だから少しマシだけど、たしかに暑いね。水分補給はしっかりとしておこう」


 言いかけて止めるのであれば、俺に伝わらないレベルで切り上げて欲しい。絶対景一たちよりも俺と小日向の方がアチアチだなんて思っているだろこの人。


 たしかに部屋の中だったり、時々ハイレベルな攻撃を小日向は仕掛けてくるけど、今の俺たちは別に普通だ。


 せいぜい小日向をお姫様抱っこでハンモックに乗せてから、手を握った状態で揺らしている程度である。いたって普通じゃないか。……ん? これって普通だっけ?


「…………」


「喉が渇いたのか? ちゃんと身体起こしてから飲めよ」


 小日向の表情から気持ちを察した俺は、彼女の背を手で支えてから上半身を持ちあげ、ペットボトルのお茶を手渡す。コクコクとそれを喉に流した小日向は、ニヘラと笑って再び横になった。


「本当に可愛いなこいつ……」


 思わずそんな言葉を漏らしてしまった俺に、全方位から呆れたような視線が向けられるのだった。

 

 




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