第106話 真面目な話
ハンモックでのんびりとした時間を過ごしたあと、日が沈み始めてから俺たちは再び海辺へと向かった。水着ではなく半そで短パンの状態なので、本当にただの散歩である。
七人で固まって歩いていたので、話題に尽きることはなく、楽しい時間を過ごせたと思う。この場にいる全員が周囲を気に掛けるタイプだったこともあり、誰かひとりが会話に混ざれないということもなかった。まぁ高校生組よりは、赤桐さんや静香さんが積極的に話を振ってくれていたけれど。
そんな風に、一日目とは違って穏やかな時間を過ごしたあとは、再びバーベキューの時間だ。二回目なので手際よく準備もできたし、うっかり焦がしてしまうということも無かった。ウキウキ度で言えば少し収まっていたけれど、今日はこのあとに締めのイベントである花火が待っている。
手持ち花火や小さな打ち上げ花火、他にもねずみ花火だったり、うねうねとへびのように膨らむ花火、煙玉なんかまである。
合計一万円分ぐらいの花火だけど、全員でお金を出し合えば千円ちょっとだというのだから、やはり数は正義なのだなぁと俺はしみじみ思った。
そして現在。バーベキューの片づけは花火と平行して行うことになり、俺たちは夏の星空のしたで花火を楽しんでいる。
最初のほうは皆で打ち上げ花火を見て楽しんだり、色々な花火で和気藹々とはしゃいでいたのだが、花火を消費していくとともに雰囲気も徐々に落ち着いてきた。
親父は折り畳みの椅子に座ってのんびりと空を眺めているし、景一カップルも静香さんカップルも静かにそれぞれの時間を過ごしている。距離は離れていないけど、それぞれの空間が形成されているように感じた。
両手に三本ずつ花火を持ってくるくる回っていた小日向も、いまではその場にしゃがみこんで、ぱちぱちと火花を散らす線香花火をジッと見ている。
俺も彼女のすぐ隣で同じように線香花火を手にしているのだが、視線は強弱するオレンジの光が照らす小日向へと注がれている。まじまじと見るのも嫌がられるかもしれないから、横目でこっそりとだけど。
「もう一本やるか?」
小日向の持つ線香花火が光を失ったことに気付いたので、俺は胸ポケットに差し込んでいた線香花火を取りだしながら問いかける。小日向がコクコクと頷いたことを確認してから、俺は花火を彼女の手に握らせて、ライターで点火。ぱちぱちと小さな音を立てて、再び花火がはじけはじめる。
この別荘は街から離れているために、車の音も聞こえずとても静かだ。おかげで虫の声がはっきりと聞こえてくる。それに周囲の明かりが少ないからか、星もマンションから見る時と違ってはっきり見えているし、親父が飽きずに空を眺めてしまうのも納得できる夜空である。
「なぁ、小日向」
小日向に渡した線香花火が燃え尽きたころ、俺は頭の中で考えていたことを彼女に話そうと決意。早まって告白しようというわけではなく、言うなれば予告である。
小日向の表情が戻ったとき、伝えたいことがある――と。
しかしそれを説明するためには、ずっと避けてきた彼女の父親のことを、一度話す必要があると俺は思っている。俺は一度も、彼女の口――というかスマホから、父親の死について聞いたことはないから。
「今日の夜、少し真面目な話をしていいか? 旅行中が嫌なら、帰ってからでもいいけど」
そう言ったあとに、俺は「あぁしまった」と無意識に額に手を置いた。こんなこと言われたら話の内容が気になってしまい、聞く以外の選択肢がないじゃないか――と。
これからどうすれば挽回できるだろうかと頭を必死に働かせていると、小日向が警戒したような顔つきで俺からスススと距離を取っていた。可愛い。
「夏休みの宿題じゃないからな?」
彼女の表情と行動から推測して俺が発言すると、彼女は「びっくりさせないでよー」とでも言いたげにスススと再び俺の隣に戻って来て肩をペチリ。本当にこいつは勉強が嫌いだなぁ……それも小日向の可愛い一面ではあるのだけど。
小日向がスマホで「夜聞く」と示してきたので、俺はどこかの天使のようにコクリと頷く。
さて、どうやって切り出したものかね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
片付け、お風呂、そして七人での談笑タイムを楽しんでから、俺たちは各々が就寝する部屋へと向かった。この二人きり時間が近づくにつれて、どんどん俺の心臓の音も加速していっている気がする。
それはもちろん小日向に気持ちをある程度伝えることへとドキドキもあるのだけど、一番はやはり、彼女に父親の話をしていいものかという不安から来るものだった。
「お前の表情についてだ」
ベッドの上で正座をした俺は、同じく正座をしてこちらをジッと見ている小日向に向けてそう切り出した。彼女が続きを促すように小さく頷いたので、俺は話を進める。
「最初に確認だが――小日向は自分の表情が幼少期から変わっていることには気づいているか?」
俺の問いかけに対し、小日向は肯定。さすがに無表情になった自覚はあるようだ。
それから彼女はスマホをポチポチと操作して、『パパが亡くなってから』と俺が自分からは言いづらいことをさらっと言ってくれた。たぶん、気を遣ってくれたのだと思う。
スマホを見てから「そうか」と短く返答して、また俺は居住まいを正した。
「何の因果かわからないけど、どうやら俺が小日向の表情を元に戻す薬になっているらしい。まぁそれの真偽はいいとして、最近自分が笑うようになっているとかの自覚はあるか?」
「…………(コクリ)」
「――あるみたいだな。いちおう誤解されないために言っておくが、俺はお前の表情のために一緒にいるわけじゃないぞ? 小日向にもともと表情があったとしても、俺と一緒に居ることで改善の兆候が見られなくても、俺はお前と仲良くしたかったからな」
俺がそう言うと、小日向は真面目な顔つきを維持しようとしているようだが、口元がにやけ始めていた。あと身体が少し左右に揺れている。
頬っぺたをムニムニすることで無表情を取り戻した小日向は、「続きをどうぞ」と首を縦に振る。ふすーも忘れない。
「まぁ何が言いたいかというと……だな。小日向が元気になって、笑ってくれるのを俺はとても嬉しく思うんだ。自分の幸せより、お前が幸せになってくれることを優先するぐらいには、大切に想っている」
もはやこれ告白じゃね? と頭の中に疑問符を散りばめさせながらも、俺の口にはブレーキが搭載されていないために言葉は走る。
いちおう父親の立場だったとしても、自分より娘の幸せを願うってのは変な話ではないだろうから、セーフということで。
「だけどそのことに対して小日向が遠慮する必要はないぞ。お前を優先しているとは言ったけど、これは俺の為でもあるからな」
結果として、俺は一歩踏み出すことができるわけだし。
「……小日向の表情が元に戻ったら、お前に話したいことがあるんだ。その時は、ちょっとだけ俺に時間をくれよ」
そこまでなんとか言い終えた俺は、それはもう深く深く息を吐いた。
今の俺はやり切った感で満たされている。
もし「伝えたい想いがある」だなんて言ったら、待ち受けている内容が告白であるとはっきりバレてしまいそうだったので、咄嗟に軽めな雰囲気で話してみたのだけれど、どうだろうか?
これでいちおう、小日向が俺のことを異性として見ていても、父親として見ていても大丈夫になったはず。たぶん。
彼女が俺のことを父親として見ているのならば、この先に待つ話を告白と予想する可能性は低いから、彼女が警戒して俺から離れていく心配はない。つまり、表情を元に戻すことに対し支障はない。
そしてもし俺のことを異性として見ていたならば、俺が告白する気もなく、ハグやキスをしているわけではないということが伝わったと思う――そう思いたい。
しかし世のカップルたちはこれ以上――「好きだ」などの言葉を言っているかと思うと、みんな凄いなと思う。メンタルお化けかよ。
気を抜いて正座を崩す俺に対し、『真面目な話』を聞いた小日向は、耳と頬を真っ赤にさせた状態で身体をモジモジと動かしている。そして視線を俺の膝に向けたまま静かに――だがしっかりとコクリと頷いた。
この反応……『話がある=告白』って――バレてないか?
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