第104話 寝惚け小日向さん最強説
杉野智樹。
彼女いない歴イコール年齢にして、小学校の頃の女子たちとの戦争により、女性が苦手になってしまったごく普通の高校二年生である。
女性との関わりは薄いものの、男子たちとの関係は良好。
そんな感じで、トラウマがあることを除けば学校内に何人もいそうな普通の男子高校生だ。
そう……ほんの数ヶ月前までは普通だったのだけど。
「……く、くすぐったいんだけど」
現在の俺はというと、別荘の個室で彼女でもない女子が馬乗りになっている状態であり、部屋着を胸の少し下までめくりあげられて、ペタペタとお腹を触られている最中である。
俺の普通、消えちゃった。
知り合ってわずか三ヶ月ちょっとのクラスメイトと、どのような経緯を辿ればこのような状況になるのか……いや、それは俺の記憶を辿れば明らかなのだけども。
彼女は大して筋肉質でもない俺の腹筋をむにむにと堪能したあと、楽しそうにおへそに指をつっこんでくる。恥ずかしい気持ちももちろんあるが、それよりもくすぐったい。
歯を食いしばり、小日向の猛攻に耐えること数分。彼女はいまにも意識を失ってしまいそうな寝惚けた表情で、ニヘラと笑った。どうやら満足したようである。助かった。
――などと思っていたのだけど、
「い、いやいやいやいや! お腹だけだって!」
何を思ったのか、小日向は俺のめくられたシャツをさらに上に押し上げようとしてきたのだ。男の胸になんの需要もないのは承知の上だけど、なんだかこう興味をもって見られると恥ずかしい。胸に視線を向けられる女子もこんな気持ちなのだろうか? 違うか。
俺が必死に拒否してシャツを元の位置に戻すと、彼女は目をトロンとさせたまま唇を尖らせる。可愛い。キスしたくなるけどもちろん自重。
「俺もお腹しか触ってないだろ? というわけで、そろそろ寝ちゃおう。これでお互い様といことでな? な? そうしような?」
俺は小日向の肩を掴むと、ベッドに横になるように身体を倒す。
これ以上はまずい。ただでさえ理性が崩壊しかけているというのに、これ以上小日向に身体をペタペタされてしまったら変な気分になってしまいそうだ。まぁすでになっているけど気合で我慢しているだけなのだが。
無抵抗にコテンと横になった彼女は、俺の右腕を枕にして横向きになる。
そして目を瞑った状態で、人差し指を自らの口に当てて何かを考えている模様。
やがてぱちりと目を開けた(半分も開いていないが)彼女は、自分の着ているシャツに手をかけると、躊躇う様子もなくぐいっと上に引き上げた。
「――っ!? は、はいアウトーっ! アホかお前は! 何しようとしてんだ!」
俺は慌てて小日向の腕を掴んで服を定位置に戻させる。
あぶねぇ……こいつマジで胸までめくり上げる勢いだったぞ……? いくら寝惚けているとはいえ行動力お化けかよ。
おおかた俺の服をめくり上げるために、自分も同じようにしようと考えたのだろうけど、どう考えても普通の思考じゃない。寝ぼけて羞恥心をどこかに放置してしまっているのだろう。
めくり上げた先に、ほんの少しだけ水色のナニカが見えた気がするけど、見ていないということにしておこう。だが、記憶にはしっかりと保存。
「明日になったら、お前の今日の行動を事細かに説明してやるからな、覚悟しとけよ」
俺がそう言うと、彼女は「なんで?」とでも言いたげに不思議そうに首を傾げる。せいぜい羞恥に悶えるがいい。自分の胸を見せようとするなんてもはや痴女の行動だぞ。
というかマジで相手が俺で良かった……他の男子とかに今の小日向を遭遇させたらと思うと――うん、考えるのはやめよう。鬱になりそうだ。
あー……本当に独占欲って面倒な感情だよな。小日向は別に俺のモノでもなんでもないっていうのに。
もし俺が小日向の彼氏になれたのなら、このモヤモヤも少しは解消されるのかね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌朝。
普段とは違うベッドと枕だったせいか、俺はいつもより早い時間に目が覚めてしまった。
夏ということですでに外は明るくなり始めているが、スマホを確認してみると時刻はまだ六時を過ぎたばかり。昨日の話では朝食は九時ぐらいということになっていたから、まだまだ時間に余裕がある状態だ。
「……二度寝しようかな」
アラームは七時半にセットしているのだし、寝過ごすということはあるまい。
そんなことを考えながら俺は肘を突き、スヤスヤと寝息をたてて寝ている小日向を見る。
彼女は自分の両手を合わせ、それを頬の下に敷いて寝ていた。なんだか幼い雰囲気をさらに増加させているようなポーズである。
起こさないようにそっと小日向の頭を撫でてみると、彼女は頭を動かして自ら俺の手に撫でられるように動き始める。しばらくすると、彼女はゆっくりと瞼を持ちあげた。
「悪い、起こしちゃったな。まだ早いから寝てていいぞ」
「…………」
小声で声を掛けるが、彼女は無反応。俺の言葉を言語として理解していないような気がする。まだ目が覚めてから数秒だし、仕方ないか。
ぽやぽやとしている小日向を見て苦笑していると、彼女はもぞもぞと動いて俺に抱き着いてくる。以前ならば身体を強張らせて「んひぃ」などと謎の奇声を発していたかもしれないが、小日向の訓練を日ごろから受けている俺は「はいはい」と抵抗せずに彼女を受け入れる。
しかし俺も成長したなぁ……良い成長か悪い成長なのかは知らんが。
俺の首元に顔をうずめてくる小日向の後頭部を撫でながらそう思っていると、
「んひぃっ」
思わず奇声を発してしまった。
なにを人の首に吸い付いてきてんだこのタコ天使!?
肩を掴んで引き離そうとするが、予想以上にがっしりと腕と足でホールドされているようで、なかなか剥がれない。
その間にも俺の首元からは『ちゅーちゅー』と、ごく一般的な高校生活では耳にすることでないであろう音が聞こえてくる。いや、紙パックのジュースをすすっているときに少し似てるかも――ってんなことはどうでもいいんだよ!?
「お前寝惚けてんだろ!? そこを吸っても何も出てこないぞ!?」
小声で叫ぶという細かい芸を披露しつつ、俺は小日向と手足をほどきにかかる。
なんとかコアラモードの小日向の手足を外して、最後に頭を引きはがすと、『ちゅぽん』というみずみずしい音が聞こえてきた。
……首がスース―するんだけど、もしかして小日向が吸い付いた跡、残ったりしてないよな……?
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