第103話 別荘一日目 夜
バーベキューセットの片づけは明日も使うということで簡単に済ませ、俺たちは再び風呂へと入った。
今度は軽いシャワーでなく、しっかりと湯船に浸かって――と思っていたのだが、いかんせん日焼けのせいで肌が痛い。親父以外の男性陣はわずか十分足らずで風呂を上がることになってしまっていた。
それから部屋着に着替えると、各自のリラックスタイムである。
親父にとっては監督する必要が無くなって気が抜けるだろうし、静香さんと赤桐さんも二人でのんびりと過ごしているだろう。そして俺を含む高校生たちはというと、敬語を使わずに気兼ねなく話せるメンバーで集まって談笑していた。
話す内容は多岐にわたり、文化祭でうちのクラスは何をするんだろうとか、修学旅行が楽しみだとか、三年生になったら全員同じクラスがいいな――とか。
試験の話や大学受験の話をしたら、小日向だけわかりやすくしかめっ面をしていたのがとても可愛かった。耐え切れず頬をつついてみると、彼女は眉間にしわを寄せながらも口元はニヤついているという不思議な表情を浮かべていた。天使。
で、そんなことをしていると、あっという間に時刻は十一時を過ぎ、そろそろ各自の部屋に戻ろうという話に。
といっても、もともと俺と小日向の部屋に集まっていたから、俺たちは移動する必要がないし、なんとなく景一たちの雰囲気から察するに、このあとこいつらはどちらかの部屋で二人きりになりそうな気がする。まだそこまで遅い時間じゃないし、せっかくの旅行だから夜更かしするのも悪くないからな。
景一たちが部屋をでてから、どこかの扉が開き、そして閉まる音が聞こえてくると、小日向はすぐさま俺の足の間にポスっとお尻を移動させる。
俺たちはベッドに腰かけるように並んで座っていたから、なんとなくいずれこうなるだろうなぁとは思っていたけど、予想通り過ぎて思わず苦笑してしまった。
俺はベッドに深く座りなおして、小日向の身体も同時に引き寄せる。
「――ほい。少しは座りやすくなったか?」
「…………(コクコク)」
小日向のお腹当たりに回していた手を外そうとすると、両の手首を素早くつかまれた。そして、まるでシートベルトでも装着するように俺の手を自身の身体に巻き付けようとぐいぐい引っ張っている。
「いや別に俺はいいけどさ。女子って普通、お腹とか触られるの嫌がるものじゃないのか? なんか小説とか漫画でそういうの見たことあるんだけど」
悲しいかな――実体験ではなく創作の中での知識しかない。
景一も冴島が初めての彼女だし、薫も優もずっと独り身だから、友人からそういう話を聞いたこともないし。
俺が発した疑問の言葉に対し、小日向は首を全力で捻って斜め下から俺のことを見上げる。それから再び正面を向いて、自分のお腹に俺の手をぐいぐいと押し付けはじめた。
おぉ……すげぇむにむにだ。なんだかスライムを触っているみたいだな。
「気にしないのか」
「…………(コクコク)」
付き合ってもいないのに、男女でこんなことをしてもいいのだろうか――そんなことが一瞬頭をよぎったが、なんだか今までの行動を振り返ると今更な気もしてきたので、俺は深く考えずお言葉に甘えて小日向のお腹を触ってみることに。
手の平全体を使ってぐいぐい押してみたり、軽くつまんでみたり、ちょっと引っ張ってみたり。それから手を当ててじっとしていると、小日向の呼吸に合わせてお腹が膨らんだりしぼんだりを繰り返しているのがわかる。
――って、いかぁーん!
何を平然と女子のお腹の感触を堪能してんだ俺は! いくら小日向がされるがままだからといっても、していいことと悪いことがあるだろ! ちょっとでも手を上に滑らせたら、お腹よりさらに柔らかいであろう部位に触ってしまう状態だぞ!? ダメだろ!
「す、すまん。嫌じゃなかったか?」
ひとしきり堪能したあとで言うことではないのはわかっているけど、小日向に嫌われたくはないので思わず聞いてしまった。しかし焦っている俺とは対照的に、彼女は眠そうな顔を俺に向けると、「何が?」と言いたげに首を傾げるだけだった。
「ひょっとして、ちょっと眠くなっちゃった感じ?」
「…………(コクリ)」
小日向はひとつ頷くと、人差し指と親指の間に隙間をつくり、片目を瞑った。どうやら一ミリぐらい眠くなったらしい。めちゃくちゃ可愛い。
「もう寝るか?」
「…………(ふるふる)」
ベッドに横になるように促してみるが、小日向は弱弱しく首を横に振る。まだ寝たくはないけど、睡魔が襲ってきてしまっている状況のようだ。
小さな子供がサンタクロースに会おうと必死になっているようだなと思っていると、彼女はベッドに手をついて器用に身体を反転――俺と向かい合う形になると、ぐいぐいと俺の肩を押してきた。どうやらベッドに押し倒そうとしているらしい。
抵抗するのは容易だったが、別にそうする必要もないと感じたので、小日向の力に逆らうことなく俺はベッドに倒れ込んだ。
それから小日向は、俺の腰に馬乗りになった状態で目を擦る。
俺をベッドに倒してきたので、布団に入ってゆっくりしたいのだろうか――そんなことを思っていたのだが、小日向は眠そうな顔のまま、なぜかペロンと俺のシャツをめくってきた。
「――い、いやいやなにしてんの!?」
慌てて俺は自分のシャツを下に引っ張ってお腹を隠す。別に水着を着て一日過ごしていたのだから気にすることもないのだが、小日向の視線が真っ直ぐに俺のお腹を見ているために恥ずかしくなってしまったのだ。
俺が自分のお腹を守るために両手を腹に乗せていると、彼女は不満げな表情を浮かべたのち、スマホをポチポチ。寝そべっている俺に向けて、画面を見せつけてくる。
『智樹、部屋では好きにしていいって言った』
冷汗を流す俺に対し、小日向はふすふすふすー。
…………あぁ、そういえば言ったな……言っちゃったな……。
俺はなぜ自らを窮地に追い込んでしまうのだろうか。
「……お、お手柔らかにお願いします」
そんな情けない言葉を俺が口にすると、小日向は満足げに頷くのだった。
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