第59話 すっぽり小日向さん
小日向とともに、イレブンマートで昼食を買ってから俺はマンションに帰ってきた。
小日向は制服から白色のワンピースに着替えており、最初に視界に入った時は「物語のお姫様みたいだ」なんて感想を抱いてしまったわけだけども、別にこれから一緒にお泊まりするからのろけているわけではない。
彼女は身体がより一層小さく見えてしまうような大きめのリュックを背負ってきたので、思わず代わりに持ってあげようとしたが、これは遠慮されてしまった。ふすふすと張り切っているようで、なんだか遠足に行く子供みたいな雰囲気だった。
「さて……これといってやることが決まっていないわけだけど、なにしようか」
試験の感想を聞きながらの昼食を終えて、暇になった。
俺の問いかけに対し、小日向はすぐ隣でこちらを見上げながら首を傾げている。はい可愛い――コホン。
これが試験前ならば「勉強するか」と時間を潰すことができたのだが、さすがの俺も試験あとに勉強する気にはなれない。勉強嫌いな小日向は言わずもがなだろう。
時刻はまだ昼の一時を少しすぎたところだ。夜は十二時前に就寝するとしても、十時間以上のフリータイムが残されているわけである。
もし景一や冴島がこの場にいたのならば様々な意見が飛び出していただろうし、一人だったならば適当にごろごろしていれば時間が過ぎていたはずなんだがな。
さすがにずっとゲームってのも味気ないし……時間はあるからアニメの一気見でもいいか。
そう思って小日向に提案してみたところ、喰い気味に了承の頷きをいただいた。薫が色々とDVDを置いていてくれて助かった。今度視聴料としてジュースぐらい奢ってやろう。
「どうする? ファンタジー系、ギャグ系、日常系、ラブコメ系とかいろいろあるけど」
俺の質問に対し、小日向は視線を宙に彷徨わせながら、自分の唇をぷにぷにと触っている。どうやら悩んでいるらしい。はい可愛――コホン。
「こっちおいで――表紙とかタイトルで決めてもいいから」
俺は立ち上がり、テレビボードに近づいてから小日向を手招きする。すると、小日向はコクコクと頷きながらこちらへと四つん這いの状態で近づいてきた。
なんだか自然に「おいで」なんて言葉が出てきてしまったけど……同級生に使う言葉としては正しいのか? 父が娘に掛けるならば自然かもしれないが……。
そんなことを考えながら、四足歩行でぽてぽてと歩いてくる小日向を眺める。俺もその場に胡坐をかいて、小日向に見えるようにテレビボードの引き出しを開けた。
「そんなに種類は多くないけど、どれもワンクール分はあるから『続きがない!』ってことはないぞ」
「…………(コクコク)」
「手に取って好きなやつを選んでいいからな。俺は全部見たことあるし、嫌いなものはないから」
「…………(コクコク!)」
アニメを見るのが楽しみなのか、小日向は頷きながらお尻を左右に振っている。なんだか犬が尻尾を振っているみたいな感じだ。とてもかわ――コホン。
そんなこんなで、選ばれたのは可愛らしいタッチで描かれたラブコメでした。
このラブコメは以前見た「ねこねこパニック」のように気まずくなるような描写は無かったはずだし、一緒に見ても何も問題はない。
そう、このアニメの内容自体は何も問題なかったのだが、
「えっと……たしかにそんなことを言った覚えはありますが……小日向様は何をご所望でしょうか……?」
いざアニメを見ようとしたところで、小日向がスマホの画面を俺に向けてきたのだ。そこには『杉野、なんでもするって言った』と書かれている。脅しかな?
小日向は俺が画面の文字を理解したことを確認すると、やや顔を赤らめながらもふすふすしている。いったい何を要求するつもりなのだろうか。
緊張しながら小日向の次の行動を待っていると、小日向はまずペチペチと俺の膝を叩く。それからぐいぐいと俺の身体をテーブルから遠ざけるように押し始めた。
ふむ……とりあえず下がればいいのか?
ひとまず小日向の力に逆らわぬよう、胡坐をかいたまま手をついて少し後ろに下がってみる。それを見て小日向は『よろしい』とでも言うように満足げに頷いた。
そして――小日向が急接近。
「……え、これアウトじゃない?」
思わずそんな独り言が漏れ出してしまうような事態が起こってしまった。本当に無意識に、言葉が出てきてしまった。
なんと小日向は、胡坐をかいている俺の足の隙間を広げて、その少しの空間に自らのお尻をすっぽりと収めたのだ。そして俺の胸をヘッドレストのようにして、頭をコテンと倒してきている。
まさか……この姿勢でアニメを見ようってか? え? マジで言っておられます? 俺、彼氏じゃなくてクラスメイトですが?
冷汗を流しながらピシリと身体を硬直させていると、小日向は俺に拒否をさせないためか、正面を向いたまま再度スマホの画面を見せてくる。そこには変わらず『杉野、なんでもするって言った』と書かれていた。いや、たしかにそうなんだけども!
まぁ……誰にも見られてないし、二人だけの秘密にしておけばいいのか? 約束を破るのは嫌だし。
「……これがご褒美になるのかはわからないけど、小日向、勉強頑張ったしな……」
自分を納得させるようにそう言うと、小日向は後頭部を俺の胸にスリスリとこすりつけてくる。お前はもっと自分の愛らしさを自覚しろバカ!
しかしこの体勢のままでアニメワンクールか……。
うっかり抱きしめないようにしておかないと、一歩間違えれば本気で小日向のことを異性として好きになってしまいそうだ。
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