第60話 拷問ラッシュ



 いったいどういう経緯を辿れば、関わるようになってまだ一ヶ月とそこらのクラスメイトとここまで急接近することになるのか。俺自身でさえ過去を振り返っても「どこが分岐点だ?」と首を傾げてしまいそうである。


 俺が一人暮らしをしているマンションで、俺の足に包まれるように体操座りをしている小日向は、おそらく十人中九人が認めるであろう学校の人気者だ。


 俺も一年のころは「なぜあそこまで特別視されているんだろうか」と思っていたけど、一緒に過ごしてみればその原因を理解せざるを得ない。色々と可愛すぎる。


 現在その可愛すぎる彼女はテレビの画面にくぎ付けになっているのだが、その姿を真後ろで見ている俺としては、アニメよりも小日向が気になってしまうわけだ。仕方のないことである。


 アニメの第十話が終わったところで、小日向は俺の顔を勢いよく見上げてきた。

 俺の胸に頭をくっつけた状態で、「これどうなるの!?」と言っているような感じだ。


「次が気になる展開だよな」


「…………(コクコク)」


 俺の言葉に対し、小日向は「うんうん」と言った様子で頷く。彼女が口を開くまでもなく、言いたいことはだいたいわかる。これが経験値ってやつか。俺はいったいいつの間にレベルアップしていたんだろう。


 小日向から離れ、俺は次のDVDをセットするべく立ち上がる。この二話ごとに訪れるDVD交換のときに、お互いトイレを済ませたり、冷蔵庫からお茶を補充していたりする。現在の小日向はテーブルに置かれたお茶の入ったコップを両手で持ち、コクコクと喉を鳴らしていた。はい天使。


 ラストの十一話と十二話が収録されたDVDをセットし終え、元の場所に戻ってきた。そして小日向のお尻を包み込むように胡坐をかく。最初は戸惑ったし恥ずかしかったけれど、この行動もすでに五回目だからな。慣れとは怖いものだ。


 そして小日向も俺の行動を当たり前のように受け入れ、すぐさま俺の胸にもたれかかってくる。軽い小日向の重みが、温もりとともに俺の身体へと伝わってきた。最初は火照って仕方がなかったのだけれど、今はそうでもない。


「いや慣れたらだめだろ……」


 思わずそんな言葉をつぶやくと、小日向がキョトンとした顔でこちらを見上げてきた。


「――なんでもないよ。ほら、始まるぞ」


 俺がそう言うと、小日向は一度頷いたあとテレビに目を向ける。そして後頭部を俺の胸にスリスリ。


 はたしてこの光景を見た人物の何割が『恋人じゃない』ということを信じてくれるのだろうか。俺はそんなことを考えて、思わず苦笑してしまった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 困難とか苦難とか、そういうあまりよろしくない出来事というものは、俺の経験上なぜか塊になってくることが多い。もっと小出しにしてくれよ――と思ってしまうこともしばしば。本当になんでなんだろうな。


「小日向、風呂はどうするんだ……?」


 アニメを見終わって少しのんびり話をしたあと、俺はおそるおそる小日向に問いかける。ちなみに未だに小日向は俺の足の中にすっぽりと収まっていた。


 晩御飯は冷食のチャーハンを炒めて、レトルトの味噌汁を温めるだけでいいか――そんな話をしたところで、風呂について何も考えていなかったことに気付いたのだ。

 俺の問いかけに対し、小日向は手を伸ばして自分のリュックをぽすぽすと叩く。


「ふむ……荷物――あぁ、着替えが入ってるってことか――んぁ!? ってことは俺の家で入るの!? いや、俺は別にいいけど、小日向はいいのか?」


「…………(コクコク)」


 そ、そうかぁ……気にしないのかぁ……。


「ち、ちなみに静香さんと唯香さんは知ってる?」


「…………(コクコク)」


「そうかぁ……家族公認かぁ」


 困った。


 いや、別に困るようなことはないんだけど困っている。どういうことだ。俺にもわからん。

 俺は一度ため息に近い深呼吸をしてから、諭すように小日向へ声をかけた。


「いいか小日向。普通高校生の女子が、一人暮らしをしているクラスメイトの男子の家に泊まったり、風呂に入ったりすることはないんだぞ?」


「…………(コクコク)」


「俺はお前のことが心配だ。いくら仲良くなったからって、ほいほい男の家に泊まったりしたらダメなんだからな? 悪いことを考えるやつだっているかもしれない」


「…………(コクコク)」


「本当にわかってるのか?」


「…………(コクコク)」


「む……じゃあいいけどさ……」


 いや良くないんだけど!? なんで俺は肯定だけで納得させられているんだ!? 小日向マジックか!?


「と、とにかく。俺は小日向が嫌がるようなことをつもりはないから安心してくれ。風呂を覗いたりしないから、な?」


 ――と、俺は慌てていたせいか、つい余計な一言を付け加えてしまった。


 これでは逆に俺が小日向のお風呂イベントを意識しちゃっているみたいじゃないか。意識してるけどさ! 気にしないようにしてんだよ!


 俺の言葉に対し、小日向は無言で俺の目をジッと見つめてきた。意思の読み取れない、真っ直ぐな視線である。彼女はしばらくそうして左右に揺れている俺の瞳を凝視したあと、スリスリと頭をこすりつけてきた。


 いったいなんだったんだろうか今の間は……。


 もしかして『覗きそう』だとか思われてたりしないよな? 大丈夫だよな?


 冷汗を流しながら小日向の動向を注視していると、小日向は少しそわそわした様子でスマホを弄りは始める。そして正面を向いたまま、スマホの画面を俺に見せてきたのだが、


『杉野、何でもするって言った』


 そこには見たことのある文字列が並んでいた。

 そしてそのすぐ下の行には、新たな文章が付け加えており――、



『一緒に寝る』



 そんな文章を表示している画面を見た俺が、十秒ほど言葉を失ってフリーズしてしまうのを、いったい誰が責められようか。

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