第7話 謝罪
その日の昼休み、想定しながらも起きて欲しくないと思っていた出来事が、起こってしまった。
「あの……杉野くん、ちょっとだけ時間が欲しいんだけど」
昨日と同じように、冴島がひょっこりと扉から顔を出してきたのだ。
違うのはその態度と表情。
申し訳ないという意思がビンビンと伝わってくる。ちなみに小日向はクラスメイトに可愛がられながら持参した弁当をつついていた。
「……はぁ」
冴島を許したわけでないが、あれはそもそも勘違いだったのだ。小日向を守りたいという彼女の気持ちもわからなくはないのだ。
俺としては正直に言って話したい気分ではないが、彼女を無視するのは申し訳ない。
だから、景一に目配せしてから対応してもらうことにした。俺はおにぎりを頬張るので忙しいのである。
「冴島、智樹に何か用事?」
「か、唐草くん!? なんでここに!?」
「ここ俺の席だから。というか、昨日もここにいたけど」
「そ、そうだったんだ……壁を背にしているから気付かなかった――それで、昨日のことを杉野くんに謝りたいんだけど……」
だめかな、と眉を寄せながら冴島は景一に問いかける。
別のクラスなのだから放置しても問題ないだろうに、律儀なこった。そういう正義感があるからこそ、あんな行動に出たのだろうけど。
俺は彼女をなるべく視界にいれないように、スマホの画面に視線を落としてから米を咀嚼。今日の具材は梅だ。すっぱい。
「智樹、軽く話してもいい?」
景一から声が掛かったので、俺は視線をスマホに向けたままコクリと頷く。なんとなく小日向になった気分だ。
「冴島、智樹は女子が嫌いなんだ」
思わず米を吹き出しそうになった。軽く話すとは言ったが、色々と端折りすぎだろ。
「えっと、それは少し噂で聞いたことがあるんだけど……やっぱり杉野くんは男の子が好き――」
「違うわ! 勘違いするな冴島! また変な噂になるだろうが!」
思わず口を挟んでしまった。話の飛躍がすごい。なぜ『女子嫌い=男子好き』になるのか。頭の中はお花畑なのか?
というか『やっぱり』ってどういうこと? え? すでにそんな噂話があるの?
「ご、ごめん! あたしまた何か勘違いを――」
冴島は口に手を当てて、あわあわと目をせわしなく動かす。
このまま景一に説明してもらっても良かったのだが、なんだか変な方向に話が転がりそうな気配がしたので、俺も仕方なく会話に混じることにした。
まさか景一、これを見越してあんなミスリードを誘ったんじゃないだろうな……? こいつならやりかねん。
俺と景一で、冴島に事情を説明すること5分。
「――ってなわけで、俺は女子に勢いよく話しかけられると身体に不調がでるんだ。高所恐怖症とか、それ系と似ているかもしれない。だからよく喋る冴島は正直苦手だ。昨日めっちゃ吐いたし、正直に言うと今もちょっと落ち着かない」
面と向かって「苦手」と言われたことが堪えたのか、冴島は泣きそうな顔で眉を寄せる。彼女は制服の袖で目元をこすってから、口を開いた。
「つまり、杉野くんは前に進もうとして明日香に声を掛けたのに、あたしが邪魔して、それどころかトラウマを再燃させちゃったってことだよね……?」
「まさしくその通りだな」
ピシャリと言ってのける景一。
口調にややとげを感じるのは、こいつも俺のことで多少は怒ってくれているのだろう。
さらに落ち込んだ様子を見せる冴島に、俺は軽く助け舟を出すことにした。さすがに見てられない。
「だから、冴島だけじゃなくて、これは俺にも問題があるんだよ。小学校の時、噂になるような対立があったのも事実だしな……昨日の件はもういいから、俺のことは放っておいてくれたら助かる。わざわざ相性が悪い相手と絡む必要もないだろう? 犬と猿は別々の場所で暮らしていた方が幸せってもんだ」
犬猿の仲に例えてそんな言葉を掛けるが、冴島はうんともすんとも言わない。
景一もどこか苦い表情だ。俺としてはこれで丸く収まったと思うのだが、こいつ的にはあまりよろしくない結果だったのだろうか。
「メシ食べる暇無くなるぞ、ほら、帰った帰った」
俺はしっしっ、と振り払うようなジェスチャーを冴島に向ける。彼女は扉に手をかけて、「ごめんね」と小さく呟いてから教室から立ち去っていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「こんな俺にも罪悪感てものはあるんだよ」
自宅のマンションでテレビゲームをしながら、隣にいる景一に懺悔する。議題は、昼休みにあった冴島との会話についてだ。
「後悔するぐらいなら冷たい態度とらなきゃいいのに」
「冷たいぐらいがちょうどいいだろ。俺は関わらないようにしたいんだから」
「気持ちはわかるけどさぁ、社会に出て、苦手なやつが上司だったらどうするよ」
「…………気合いで乗り越える」
「現実味のない回答だこと」
「うっせ」
俺が休日に働いている場所は、自転車で15分ほどの距離にある喫茶店。
俺はホールで給仕として働いているが、特に問題なく働けている。客があまり多い店でもないし、集客を望める土日であってもホールスタッフは一人だけだ。主な仕事は掃除と店長の話し相手である。
今はこれで良いとしても、いつかは改善しなければならないと思っている。
いつまでもこの苦手を抱えたままではいけないとも思っている。
だからこそあの日、俺は小日向に声を掛けたわけだし、冴島の呼び出しにも従った。
テレビに大きく「GAME OVER」の字が映し出されているのをぼうっと眺めていると、景一が「あのさ」と声を掛けてきた。彼の視線は画面に向けられたままである。
「ちょっと、俺に任せてみないか? 悪いようにはしないから」
「なんだ? 冴島みたく俺をガードでもしてくれんのか?」
「まぁまぁ、それはお楽しみということで」
「……変なことは考えてないだろうな」
「俺はいつでも智樹のことを第一に考えてるぜ!」
「そういう発言で周りに誤解されるんだからな!? ただでさえお前は目立つんだから発言は計画的にしろよ!?」
なんだか女子と向き合っているわけでもないのに鳥肌が立ってきたぞ。
いったいこいつ、何をする気なんだ……?
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