第51話 一緒に寝ちゃおうか?
静香さんの指示のもと、俺は車の中に入っている布団を小日向家へと運び入れる。
なんだかまるで住人が一人増えるみたいな買い物だな……掛布団だけとか枕だけとかじゃなくて、シーツ、カバー、枕まで全部あるし。いったい誰が使うものなんだろう。
まぁ人様の家の布団事情なんて気にしても仕方ないし、俺は小日向の友人として言われた通りの仕事をせっせとこなすに限る。
「足もと気をつけろよ」
客間に敷布団を運び入れ、また車に荷物を取りにいこうとしていると、小日向もテコテコと枕を抱きしめて荷物運びのお手伝いしていた。なんだかぬいぐるみを抱きしめているみたいでとても可愛い。
小日向は俺から注意喚起を受けて、コクコクと頷く。首を振るたびに枕に顎が反発して、いつもより勢いが増していた。
「これで全部ですかね」
布団一式は俺たちが勉強していた畳の部屋へと運び入れられた。
勉強するときに使用していたテーブルはどうやら折り畳み式であったらしく、現在は部屋の隅に足を畳んでから立てかけてある。便利だな。
「いやー、助かったよ智樹くん。やっぱり男の子は力持ちだねぇ」
「ほんとねぇ。ありがとう智樹くん」
静香さんと小日向母からお礼の言葉を頂き、小日向も俺の隣でこちらを見上げながらコクコクと頷いている。そしておそらくねぎらいのつもりなのだろう――腰をスリスリと撫でられた。俺も小日向の頭を撫でたいが自重する。
さて、用事は済んだようだし俺はそろそろ帰ろうかな。
さすがに開梱作業は自分たちでやるだろう。そこまで体力を使う作業でもないし、他人が寝具に触ってきたら嫌かもしれないし。
それにいまのところは平気だが、二人に一気に喋られたら気分が悪くなる可能性もなくはない。
そんなことを考え、「では」と切り出そうとしたところ、
「ででんっ! ここで智樹くんに問題です。このお布団はいったい誰が使うものでしょうか?」
静香さんが人差し指をたてながら、そんなことを言い出した。
まさかのクイズ形式!? いや、そんなこと言われても、小日向家の事情なんて俺はそんなに知らないぞ? 父親がいないことや、静香さんが大学生であること――あ、そういえば静香さん、前に「彼氏が家に来るから」ってことで、小日向を俺の家に追いやったんじゃなかったか? ということはつまり――、
「これは静香さんの恋人のものでしょうか?」
「ぶっぶー! 違いまーす! お泊まりする時は彼氏の家に行くからね」
違った。無念。
静香さんが手でバツ印を作り、小日向母もニッコニコで同じポーズをとる。そして俺の隣にいる小日向も指でペケを作った。お前はそもそも答えを知らないだろうに。
「えっと……じゃあ誰かがいま使っている布団と交換するとか?」
「それも違うなぁ。いや……でも、交換するとしたら一番古いのは明日香のだから……それもありなのかな?」
静香さんは尻すぼみになりながらそう言うと、小日向母と何かをぼそぼそ話している。そして俺が困惑しているのをよそに、二人してニコニコの笑顔でこちらを見てきた。
そして小日向母が、
「じゃあもう答えをいっちゃいましょうか。智樹くんはピカピカの新品のお布団を使いたい? それとも毎日明日香が寝ていたお布団を使いたい?」
そんなとんでもないことを言い出してしまった。
「…………は? いやいやいやいやっ! この布団って俺の分だったんですか!? 泊まるつもりとかまったくなかったんですけど!? というか小日向自身知らないんじゃ――あ、あぁ、明日香さんも知りませんよね!?」
いきなり何を言い出すんだこの人は!? 俺の意思はどこにいった!?
「だって智樹くん、おうちに帰ってもご飯食べてお風呂入って寝て――また明日の朝うちに来るでしょ? またこういうことがあるかもしれないし、せっかくなら買っておこうって。こっちの方が遅くまで勉強もできるよ!」
ねー、などと言って、静香さんは小日向母と笑顔で顔を見合わせた。
いったいなんなんだこの人たち。俺たちが彼氏彼女の関係じゃないことぐらい知っているはずなんだけどな……。
勉強が長時間できるようになるのはたしかにその通りだけども。
しかしただのクラスメイトであるはずの俺を、なぜここまでして小日向家に引き込もうとしているんだろう?
ちらりと小日向を見てみると、彼女はピシリと固まっており微動だにしていなかった。たぶん思考回路がショートしてしまったのだろう……おいたわしや……でも可愛い。
――――っ! そうかっ!
静香さんや小日向母がここまでして俺を囲い込もうとしているとのは、きっと彼女のためなんだ!
静香さんは俺に以前、『小日向と仲良くしてほしい』と言ってきた。
小日向は父親の死によって表情を失ってしまったが、それが俺と過ごすことによって改善されつつあるらしい――きっと今回のことはそのことに起因しているのだろう。
強硬手段といっても差し支えのないやり方ではあるが、それほどまでに彼女たちが小日向のことを思っていると考えれば――あまり嫌な気もしない。俺も彼女たちと一緒で、小日向を大切に思う一人の人間なのだから。
ふぅ、と心を落ち着かせるためにゆっくりと息を吐いてから、俺は小日向に顔を向けた。彼女はギギギとさび止めを必要とする動きで首を動かし、俺と目を合わせる。
俺と彼女は恋人の間柄ではない。だけど、俺は彼女に幸せになって欲しいと願っている。『それはなぜか』と理由を聞かれたとしても明確には答えられないけど、そう思っているのは間違いないのだ。
「俺のためにせっかくこうして買ってくれたんだし、泊まる以外の選択肢はないよな。小日向は新しい布団と今使っている布団、どっちがいい? なんなら新品の布団で一緒に寝ちゃおうか?」
カチコチに固まってしまった小日向の緊張をほぐすべく、俺はからかうつもりでそんなことを言った。
もちろん小日向と一緒に寝ようだなんて、本気で思っちゃいない。あくまで冗談だ。
だというのに、
「あらあらあらあらあら、じゃあ明日香の布団は切り刻んで処分しておきましょうねぇ」
小日向母はそんな物騒なことを言い始め、
「ヒューヒュー! お熱いねぇお二人さんっ! ママあたしコンビニでお赤飯買ってくるー!」
静香さんは財布を片手に部屋から出て行こうとする。
おいやめろ暴走するなっ! 俺の発言が原因なんだけど本気にするなよ!
「二人とも冗談ですからっ! こ、小日向も冗談だからな? 怒るなよ?」
そして主役の小日向はというと――顔を見られたくないのか、いつの間にか俺の背後に回っており、ピタリと背中に張り付いていた。俺が彼女と顔を合わせようと動いても、小日向も連動して動くから姿が見えない。なんだこの可愛い生き物は。
「布団をどうするかは、小日向が決めてくれよ」
仕方なく背後の小日向に正面を向いたまま声を掛けると、こつんと背中になにかが当たる感触が伝わってくる。
頷いたんだろうな――と予測するには実に容易い。
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