第50話 お勉強、そして……



「ところで杉野くんは明日香の服見てなんとも思わないの? ほら、どこかで見たことのあるロゴじゃない?」


 客間に案内され、さて勉強の準備をしようかとバッグから教科書を取りだそうとしたところ、冴島が含み笑いをしながらそんな爆弾を放り投げてきた。


 ここは八畳間の戦場か?


 はぁ……。何も思わないかと問われれば、そりゃ色々思うに決まっているだろ。

 まったく一緒じゃないだろうと思っていたのに、しっかりと小日向が身に着けている服を観察すれば、俺が持っているパーカーとの相違点が見当たらないのだ。それこそサイズぐらいしか。


 小日向がすでに持っていた服を俺があとから購入してしまったのなら申し訳ない気持ちになるし、もし彼女が俺のあとに購入したのならば、それは俺とおそろいの服をわざわざ購入した可能性が出てくる。


 後者だと、単純に小日向が好意を持ってくれているようで嬉しいのだが、前者だとただただ申し訳ない。俺がこの前遊ぶときに着てきたから、小日向が外で着づらくなるだろうし。


「たまたま一緒になることってあるよな。イヤー、偶然ッテアルンダナー」


 景一は俺の反応を楽しむかのようにニヤニヤとした表情を浮かべている。棒読みの雰囲気から、こいつは偶然でないことを確信しているような気がした。


 しかし偶然でないとするならば、それすなわち小日向が俺のパーカーを見たあとに購入したということになるのだけども……そんなことあり得るか?


 まぁそれはいいとして、お前たちがそういう態度をとるつもりならば、俺も黙っているわけにはいかないぞ。


「そういうお前たちこそ、なんだか最近仲良しすぎないか? 俺からすればイチャイチャしているカップルそのものなんだが。会ってすぐに髪のこと言ったりさ」


 少し勝ち誇った風に言ってみたのだが、景一はまるで俺から仕返しがくることを知っていたかのように平然とした態度を取っている。ちなみに冴島は「へ? へ?」と顔を赤くしていた。


「まぁ事実、智樹の苦手克服で色々話したりしたし、休日に一緒に遊ぶぐらいなんだから仲は良いだろ。髪型のことに関しても智樹が女子に慣れていないだけで、それぐらい言う奴はいる――まぁ同級生のことを肩車する奴はなかなかいないと思うがな」


 クロスカウンターを放ったつもりが、避けられて金属バッドでぶん殴られてしまった。杉野智樹、見事に鼻っ柱を叩き折られました。


 俺は景一の発言に対して唇を噛みしめるだけで反論することもできず、助けを求めるように小日向を見る。


 なぜか彼女は腰に両手を当てて誇らしそうに胸を逸らしていた。


 パーカーのロゴは俺が着たときと違ってゆるやかに曲線を描いて、服の下に女性特有のふくらみがあることを示唆している。

 あぁ小日向も身長はちっちゃいけど、しっかりと女性らしい身体つきをして――じゃなくてっ! 女子の胸をまじまじと見てたらダメだろう、俺!


「しかしなんでお前は自慢げなんだ……」


「…………?」


「今のところは恥ずかしがるのが正解なんだぞ?」


「…………っ!」


 そうだったのかっ! とでも言うように、小日向は驚愕した様子で目を見開く。天使かよ。


 そんな風にやり取りをしている俺たちを、冴島と景一がニヤニヤと見つめていることには気付いているが、俺はあえて視界に入っていない振りをする。


 なんとなく、景一たちの頭のなかに『夫婦漫才』なんて言葉が浮かんでいるような気がするからなぁ。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 勉強に集中できない小日向には先日の『頭突きでもなんでもしていい』発言の効果がまだ発動しているようで、彼女は今日も真面目に勉強に取り組んでいた。


 当たり前のように小日向と俺は隣に座り、そして冴島と景一もまた並んで座った。こいつらを砲撃すると自分に被弾することは学習済みなので、俺は大人しく小日向の勉強を見ることに集中。


 途中、小日向母が昼食としてサンドイッチとスープを持ってきてくれたのだが、なぜか俺のほうを見てニッコニコしており、その笑顔の裏で何かを企んでいそうな気配がしたのだけど、初対面の小日向母に「何を企んでいるんですか?」などと問えるはずもなく、気のせいだと自分に言い聞かせることにした。


 勉強中のできごととしては、休憩がてらに体育祭関連の軽い雑談をしたことと、小日向を褒めるたびに頭スリスリされたことぐらいしか特筆すべきことはない。それを見た景一たちが何も言わずにニヤニヤしているのは鬱陶しかったけども。



 そして、時刻は七時を過ぎたころ、あまり遅くまでお邪魔しても悪いので俺たちは解散することになった。


 小日向の勉強の進捗としては……まぁまぁといったところだ。欲を言えば明日ともう一日ぐらいあれば良かったのだけど、時間を操る能力は持ち合わせていない故、無難に次回の試験に対する教訓とすることにした。


「そういえば静香さんはどこかにでかけてるの?」


 帰り際、玄関先で冴島が小日向に問いかける。しかし小日向も姉の事情は詳しく知らなかったようで、不思議そうに首を傾げていた。


 そういや静香さん、『うちにおいでよ』と言ってきたのに姿は見えなかったな。


「ふふふっ、静香は大学のお友達と遊んだ帰りに、買い物に行ってくれているのよ。とっても大事なお買い物」


 答えられなかった小日向の代わりに、俺たちを見送りに来ていた小日向母がまた裏のありそうな笑顔で回答する。これが平常運転だったならばとても失礼なのだが、正直不気味です。


 そしてその表情のまま、小日向母は続けた。


「もうすぐ帰ってくるころだろうから――悪いけど智樹くんは荷物運ぶのを手伝ってくれるかしら? うちは男手がいないから大変なのよ~。家近いのよね?」


「? そうですね。どうせ家に帰ってもご飯食べて寝るだけなんで大丈夫ですよ」


 なんだか頼まれごとをしてしまった。別にそれぐらい構わないけど……男手が必要なぐらいの大物を買ったのか静香さん。大型テレビとかだろうか? 壊さないようにしないと。


 小日向母が「それを聞いて安心したわ」とこれまたニッコニコの表情で答えたあとに、場の空気の流れに乗るようにして景一が「じゃあ」と会話を切り出す。


「俺たちは先に帰るな。お邪魔しました――小日向も智樹も、また明日。荷物運び頑張れよ~」


「お邪魔しましたーっ! ばいばい二人ともっ」


 小日向母から指名されなかった二人は、心の隅に何かが引っかかっているような表情を浮かべながらも、それが何なのかは判別できなかったのか、特に何も言うことなく帰宅していった。

 明日になったら何があったのか聞かれそうだな。




 そして景一たちを見送ってすぐ――静香さんの乗る車が小日向家の前に停車。七人乗りぐらいの黒くて大きいファミリーカーである。


「じゃあ智樹くん、お運びよろしくねーっ!」


 おそらく小日向母から事情は聞いているのだろう。

 俺と小日向が車の排気音に気付いて出迎えに行くと、扉を開けて出てくるなり静香さんがそんなことを俺に言ってきた。


「了解です」


 俺は短く返答し、車に向かって足を進めていく。

 なんとなく車の窓から見えているんだが……なるほど、こりゃたしかに大物だ。

 後部座席がほとんど荷物で埋まってしまっている。とりあえず壊れるような電子機器じゃなさそうで安心した。


「布団一式を運ぶのなら、女性陣たちだけじゃ大変だろうなぁ」


 俺はこの布団をどうして購入することになったのかを想像することもなく、呑気にそんな感想を呟くのだった。


 



~~作者あとがき~~


祝50話!

話が進めば進むほど小日向さんが魅力的になっていく気がする……


たくさんのいいねやコメント、レビューをありがとうございます!

これからもたくさんの方が『いつの間にか俺(私)もKCCに所属していた!?』となるような小日向さんを描けるよう頑張ります!


今後とも応援のほど、どうぞよろしくお願いしますm(__)m

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