第83話 ゲームセンターへ



 小日向とほぼおなじ格好でお出かけすることになり、俺は少しの気恥ずかしさと大きな嬉しさをその身に感じていた。


 なにしろ桜清学園のアイドル――(正確にはマスコットだが)――である小日向と休日に二人きりでお出かけというだけでも周囲に自慢できるレベルの幸福だというのに、おそろいの服を着て水着を買いに来ているのだ。


 お泊まりや家で遊ぶことでこの幸せに慣れていなかったら、「俺、そろそろ死ぬのかなぁ」と考えても仕方のないぐらいの幸せ度である。


 バスを降りると、俺の小指を握った小日向は空いている左手を元気よくぶんぶんと振りながら、俺とともに目と鼻の先にある商業施設を目指す。彼女を見ているだけで、俺も楽しい気分になれるのだから大変お得だ。見るしかない。


「……あー、時間があったらゲームセンターとか行ってもいい?」


 信号待ちをしている間に、俺は意を決してなかなか言い出せなかったことを口にする。プリクラの件だ。


 バスの中では周囲に他の乗客がいたから、恥ずかしくて言えなかった。「初々しいなぁ」とか思われたら嫌だし。


 俺の問いに対し、小日向は特に悩む素振りもなく、こちらを見上げてからノータイムで首を縦に振る。ついでに小指もニギニギ。


「じゃあ行こう。――で、実は小日向にお願いというか――まぁ嫌だったら断ってくれて全然構わないんだけど」


 彼女はこちらを見上げたまま、「なになに?」とでも言うようにコクコクと頷く。


「……あー、うん。その、だなぁ」


 なかなか言い出せない。


 だって「お前とプリクラが撮りたい」とかさ! 好意を持っている相手以外に言うわけないだろ! そんな軽々しく言えるかってんだ!


 そもそも小日向と手を繋いだり、家に泊まることを了承している時点で、少なからず好意があることはバレているだろうけど、これって言い出したの俺じゃないんだよ! 全部相手側からなんだよ!


 決定的な言葉を口に出せていないが、とりあえず信号が青に変わったので足を動かす。小日向は俺の小指をニギニギしながら、こちらを見上げたままテクテクと歩いていた。


「ちゃんと前見なさい。転ぶだろ」


 軽い手刀を小日向の頭に落とすと、小日向は頭を擦りながらへへへと笑う。俺の気も知らず暢気に笑いやがって。……ムービー撮りたいなぁ。


 信号を渡り終えると、小日向は俺から手を離し、スマホを取りだしてポチポチ。いつものようにズイッと画面を見せつけてくる。


『私も智樹にならなんでもする』


 ……彼女が俺に対して「なんでもするって言った」と脅してくるので、それのお返しみたいな感じだろうか。いや別に脅されているとか思ってないんですけどね。


 まぁそれはいいとして、


「女の子が軽々しく『なんでもする』だなんて言っちゃいけません」


 そう言いながら、俺は指導と自分の欲求を満たすために小日向の頬を両手でムニムニ。小日向は俺に頬を弄られながらもスマホになにかを入力し、再び見せてくる。


『智樹にしか言わない。言ってない』


 俺がその文章に目を向けていると、小日向の自慢げなふすーという息が聞こえてくる。

 こいつさては……俺が喜ぶとわかってこんなこと言ってやがるな? この策士天使め。


「……はいはい。そうしてくれると俺は安心だよ」


 肩を竦めつつ苦笑し、俺は平静を装って彼女にそんな言葉を掛ける。照れ隠しだよ! 文句あっか!


 その流れで俺はゆっくりと息を吐いて、こちらを真っ直ぐに見ている小日向から視線を逸らしつつ、さらに頭をぽりぽり。あからさまに挙動不審だが自分でも制御できないので見逃してほしい。


 俺は「最初に言ったけど、断ってもいいからな」と前置きしてから、ゆっくりとした口調で小日向に話しかけた。


「――ほら、俺たちってコンビニとかはよく行くけど、こうして二人できちんと出かけるのって初めてだろ? ボーリングとかエメパに遊びに行ったときも景一たちが一緒だったし。だからまぁ、その、記念にプリクラとかどうかなぁ――なんて」


 おそらく、今の俺は顔が赤くなっているだろう。さすがにここまで熱を感じるのだから、平常の肌色ではないことは鏡を見るまでもなく容易に想像できた。後ろを向いて顔を隠したい気持ちもあるけど、小日向の反応も気になる。


 俺の言葉に対し、小日向は口をポカンと開けて呆気にとられたような表情をしていた。

 いつもならなんとなく思考が読めるのだけど、今の彼女はさっぱり予想が付かない。


 できればポジティブな感情を抱いてくれていればいいのだけど――そんなことを小日向の可愛い顔を眺めながら考えていると、唐突に小日向がグイッと俺の左腕を抱え込んだ。


 そしてそのまま彼女はぐいぐいと俺をショッピングモールの入り口がある方角へと引っ張っていく。


「うおっ!? え!? 急にどうした!?」


 そんな情けない声を挙げながら、俺は慌てて足並みを小日向に合わせた。


 彼女は俺の問いに答えることはなく、一心不乱と言った様子で建物に入ると、エレベーターの▲ボタンを人差し指でトトトトトと連打。運よくすぐに開いたのでそれに乗り込むと、小日向は階層ごとのマップをジッと見てから、③のボタンをまたトトトトトと連打。


 案内表示を見たところ――お目当ての水着は二階にあるらしい。


「ゲームセンター先に行くの?」


 そして現在小日向が突撃しようとしている三階には、俺のお目当てであるゲームセンターがある。これはプリクラを了承してくれた――ということでいいのだろうか?


 うずうずとした様子で、俺の左腕をホールドしたまま階数が表示されている場所に目を向けている小日向に問いかけると、彼女は勢いよくコクコクと頷いた。


「……プリクラ、いいの?」


 念のため、聞いてみる。彼女の行動からなんとなくは察することができるけど、明確に返答を貰っていないのでいちおう。


 すると彼女は、こちらを見て大きく頷くと、正面から俺に抱き着いてきて頭を胸にスリスリスリスリスリスリ。いつもの三倍の勢いである。


 ……もしかすると、小日向も俺とプリクラが撮りたかったのでは? 彼女の反応は、そう思えてしまうようなものだった。

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