第172話 スイ~




 一回やってしまえば二回も三回も対して変わりはない。


 俺は羞恥心が顔に出ないよう心の中で般若心経を唱えつつ、残った二回のキスを小日向のおでこにぶつけた。幸い景一たちは景一たちで盛り上がっていたらしく、俺たちがかまくらの内部で何をしているかなぞ気にする様子はなかった。


 俺と小日向がかまくらから出たあとは、入れ替わるように景一カップルが中に入る。


 もしかすると彼らも中でいちゃいちゃしたい可能性があるので、俺と小日向はその間、時田さんと一緒に雪だるまを作って遊んでいた。俺の優しい気づかいに感謝してほしいものだ。俺たちが中に入っている時に、景一たちも同じようなことを考えていた可能性もあるが。


 その後は時田さんに指導を仰ぐ形でスキーをしたり、滑りながらも唐突に他の班と雪合戦が開始されたりと、俺たちは体力の限り遊び尽くした。

 修学旅行二日目――充実した一日になったと思う。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 昨日のスケジュールと違って、今日は食事よりもお風呂が先だ。


 スキーウェアを脱いだからといって汗までスッキリするわけではないから、とてもありがたい。夜は夜でナイタースキーを楽しめるらしいけれど、俺たちの班はそれを辞退。早くお風呂に入りたかったし、館内には卓球台やビリヤード台なども多数設置されているようなので、大人しくそれらで遊ばせてもらうことにしたのだ。


 というわけで、お風呂である。


 ナイタースキー参加者とそうでない班は入浴時間が異なるため、いまこのお風呂に入っている人たちは俺たちと同じく夜はのんびり過ごす予定のはずだ。


「じゃあ杉野たちもナイターは不参加か。まぁさすがに朝も夜もやるとバテそうだよなぁ」


 高田はそう言いながら、湯船に足先を付けては「あっちぃ!」と顔を歪めていた。

 姫路はタオルで身体を隠して周りを見渡しながら、そして牛島は堂々と肩にタオルをかけている。ちなみに俺と景一はすでに湯船に身体を沈めていた。


「お前らは体育会系だろ? これぐらいで疲れてどうするんだ」


「いやいや、使ってる筋肉が違ったらそりゃ疲れるよ。トレーニングと考えたら別に苦ではないんだけど、修学旅行中に筋肉痛で苦しみたくはないからね」


 俺の言葉に、姫路が肩を竦めながら返答する。


 景一も家で筋トレをしていたりするようだし、この中でまともに身体を鍛えていないのは俺だけだな。ちょっとしか滑っていないけど、普通に疲れた。


 全員が湯船に浸かると、なぜかそれぞれの筋肉を見せあうことになった。


 そのこと自体は別にいいんだけど、このメンバーでやるとなるとちょっと気おくれしてしまう。絶対俺だけプニプニじゃん。


 まぁ見せあうといっても、ボディビルダーのようにポーズをとったりするわけではなく、湯船に浸かった状態で力こぶを見せる程度だが。


「哲也が凄いのはなんとなく予想通りなんだけど、唐草が意外とマッチョな件」


 高田がバスケ部の牛島と、帰宅部の景一の力こぶを見比べながらそんな感想を漏らす。たしかに、景一の筋肉は帰宅部のものではないな。血管がほんのり浮き出ていて、ただ引き締まっているだけではなく、しっかりと筋肉が付いている。


 帰宅部なら帰宅部らしく俺のようにナヨナヨしていてほしいものだ。相対的に俺が弱っちく見えてしまうだろうが。


「俺も筋トレとかしたほうがいいのか……? でも必要性を感じないんだよなぁ」


 小日向から『身体を鍛えてほしい』と懇願されたらそりゃ筋トレするかもしれないけど、彼女はそんなことを言いそうにないし。


「智樹は筋肉付きやすいし、しかも食べても太らない体質だから何もしなくてもいいと思うぜ。ただ、その話を女子の前でしたら間違いなく嫌われる」


「ダイエット女子は怖いぞ~」


 景一に続き、高田も俺を見てニヤニヤした表情を浮かべる。

 彼らの言いたいことはもちろんわかる。小日向も一時期『小日向明日香ムキムキ計画』だの、『冬に備えてる』とか言っていたし。そんな彼女の前で「俺って食べても太りにくいんだよねぇ」なんて言ったら反感を買うこと間違いなしだ。


 うっかり口を滑らせないよう、気を付けることにしよう。



~~女子風呂にて~~



「泳いだら他の人の迷惑になるからダメだよ明日香」


『…………(スイ~)』


「こら逃げない! 鳴海さんも黒崎さんもあんまり明日香を甘やかしたらダメだよ!」


「あはは、ごめんごめん。まぁ誰も迷惑に思ってないんだけどねぇ」


「小日向ちゃんはいつでもどこでも可愛いから~」


「たしかに嫌な顔してる人はいないけど――ひゃぁ!? こら明日香! お腹は触らないでよ!」


『…………(スイ~)』


「逃げるの早いし……あんまり勝手なことするようなら、杉野くんに言いつけちゃおっかなぁ?」


『…………(ピクッ)』


「もしかしたら杉野くん、明日香が聞き分けの悪い子だってしったら失望しちゃうかもしれないなぁ」


『…………(ブンブンブンブン)』


「はやっ!? そ、そんなに必死にならなくても――じょ、冗談だからね?」


『…………』


「というか杉野くん、これぐらいのことで明日香のこと嫌いになったりしないでしょ?」


『…………(コクコク)』


「そこは自信満々なんだ」


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