第173話 この浮気者!



 お風呂から上がり浴衣姿に着替えた俺と景一は、冴島小日向ペアと合流するべくホテルの四階へと移動した。ちなみに同室の高田たちは部屋でのんびりするらしい。恋バナをするんだと張り切っていたから、俺たちが部屋に戻るころにはほとぼりが冷めていることを祈っておこう。もしまだ白熱しているようだったら、景一の話題を振るしかない。


「この階は別の高校の奴らもいるみたいだな」


 エレベーターから降りるなり、景一が辺りを見渡しながら言った。


 景一の言う通り、見覚えのない同年代の顔がちらほらと見受けられる。先生が「別の高校の生徒も来ているからトラブルを起こさないように~」と注意をしていたから、おそらくその人たちなのだろう。


 この階には広い休憩スペースの他、売店やゲームセンター、卓球、ビリヤードなどができるスペースがあるらしい。旅行らしく浴衣で卓球を楽しみたかったけど、結構人が多そうだし、こりゃ無理かもな。


 そんなことを考えながら、エレベーターの出入り口から少し離れたところで、小日向と連絡をとるべくスマホをポケットから取り出していると、二人の見覚えのない女子がこちらに近づいてきた。


 ふむ……いったい誰だこの子たち。


 女子が苦手だった弊害で、まだ同じ高校の顔を把握しきれてないんだよなぁ。ここでもし「どこの高校?」などと聞いて、実は隣のクラスだったりしたら目も当てられない。


 助けを求めるよう景一に目を向けてみると、俺の意思が伝わったのか呆れ顔を浮かべられてしまった。どうもすんません。


「どうしたの?」


 近づいてきた女子たちは、俺たちの前で身体を小突き合いながらコソコソ話をしていたので、景一が先に声を掛けた。同学年に対してというより、なんだか年下に話しかけているような優しさを感じる口調である。


「あ、あの、桜清学園の人ですよね?」


 片方の女子が、視線をあちらこちらに移動させながら聞いてくる。髪の色は明るく、化粧や雰囲気は少し遊んでいそうな感じがするけれど、景一という美形に圧倒されたのか少しおどおどしている様子だ。


 景一とか優とか薫とか、小学校からの友人たちと外で遊んでいると、たまにこういう場面に出くわすんだよなぁ。まぁ、逆ナンだろう。


 これまでの景一ならば「いま友達と遊んでるから」という言い訳で乗り切ってきていたけれど、現在は「彼女がいる」という最強の断り文句が言える。これほど単純で効果的な言葉もないだろう。切り抜けるのは容易いはずだ。


「そうそう。君らはどこの高校?」


「私たちは蛍ヶ丘高校っていう高校に通っていて、場所は――」


 景一の質問に、女子は二人で協力し合いながら答えている。いつまで宿泊しているのかとか、学年の人数はどれぐらいなのかとか、特に聞いてもない情報を事細かに教えてくれた。


 別に親しくない女子二人が目の前で喋っているという状況であるにも関わらず、特に嫌な感じはしない。俺のトラウマも、完治したといっていいのかもな。


 うんうんと頷きながら女子たちの話を聞き終えた景一は、「なるほど」という言葉で話をいったん区切ってから、再度口を開く。


「俺たちに声を掛けたのは?」


「えっと、できれば連絡先の交換とかできたらなぁ……と? 彼女いたりします?」


「そっかぁ。悪いけど、俺もこいつも彼女いるんだ」


「「ですよねー」」


 景一の言葉を聞くと、二人の女子は声を揃えてそう言った。景一は当然だが、俺も彼女持ちだと思われていたのは意外だな。社交辞令だとしてもちょっと嬉しい。あまりにモテなさそうだと、小日向に申し訳ないからな。


 苦笑いを浮かべながら肩を落としている女子二人に、景一はさらに話しかけた。


「まぁ桜清学園はいい奴多いから、君らもめげずにアタックしたら成功するかもしれないぞ? 修学旅行でみんな浮かれているしな。……だけど、もしこいつに声を掛けようかって悩んでる奴がいたら、そいつのためにもとめてあげたほうがいいぞ」


 なぜそこで俺の話題を出すんだ景一。小日向はちょびっと嫉妬深いかもしれないけど、俺にはその気が全くないんだから注意するまでもないと思うのだが……景一のようにバッサリと断ればいいだけだろ?


「彼女さんが束縛するタイプなんですか?」


 蛍ヶ丘女子が首を傾げながら聞いてくる。彼女候補から外れたためか、緊張感が抜けてきたような感じだ。


「そういうわけじゃないけど……というか俺にもこいつの言っている意味がよくわかってない。景一、なんでそんな忠告みたいな言い方してるんだ?」


 そう質問すると、盛大なため息を吐かれてしまった。


「おいおい智樹、お前たちが学園でどういう存在か忘れたわけじゃないよな? 学園祭の得票数思い出してみろ――もしお前らの仲を引き裂こうとする奴が現れたら、その人数が敵に回るかもしれないんだぞ?」


 …………おう。

 そう言われて見たら、たしかにマズいかもしれない。五千百七十三票だったもんな。


「学校の公認カップルみたいな感じなんですか?」


「それ以上だよ。学園祭でカップルコンテストってのがあったんだけど、獲得票数が学校全体の生徒数の五倍以上だったし」


「「五倍以上っ!?」」


 そりゃ驚くわな。当事者になると、驚きを通り越してもはや恐怖なんだけども。


「そうそう。だからもはや地域の公認カップルって感じ――お、噂をすれば」


 そう言いながら景一が左側に視線を向けたので、俺もその先に目を向けてみると、テテテテテとこちらに小走りで駆けてくる小日向と、同じようなペースで後ろをついてきている冴島を見つけた。どうやら二人とも、別ルートからすでにこの階に来ていたらしい。


 小日向は眉間にしわを寄せて不満をあらわにしており、冴島はびっくりするほどニコニコしている。笑顔の方が怖いってこういうことなのか……景一、ドンマイ!


 素早く女子と俺たちの間に割り込んできた小日向は、正面から抱き着いてきてゴンゴンと俺の胸に頭突きを始める。なんだか「この浮気者!」と言われている気分だ。


「景一くん~? 蛍が丘高校の人と随分と仲良しになったみたいだね~?」


「いや、そういうのじゃなくて。な? 智樹、違うよな?」


 珍しく焦った表情を浮かべる景一が面白いので、小日向の頭突きが収まるまでは黙秘しておくことにしよう。


 ここでもし「シャンプーの良い匂いがする」だなんて言ったら、小日向は怒るだろうか?

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