第174話 拡大するKCC



 蛍ヶ丘女子たちは、冴島と小日向にごめんなさいしながら事情を説明した。彼女たち曰く、修学旅行で他校が一緒のホテルに泊まると知って、カッコイイ人がいたら連絡先を聞こうと前々から計画していたらしい。


 景一だけではなく俺も『カッコイイ人』のくくりに入れてくれたのは、おそらく小日向が目の前にいるからだろうな。片方だけ褒めれば、もう片方が嫌な気分になるかもしれないし。俺は慣れているからあまり気にしないんだけども。


「遠野さんと水城さん――だっけ、二人はそもそも景一くんたちに彼女がいることを知らなかったんだし、そこまで気にしなくてもいいんだよ。もしこれぐらいで景一くんがコロッとなびくようなら、付き合ってても長続きしないだろうし」


 しょんぼりした雰囲気を醸している蛍ヶ丘女子に、冴島が慰めるような口調で言う。そして、拳を握って上に掲げた。


「景一くんみたいにかっこよくて優しい男子と付き合えたんだから、私だって景一くんがナンパされることぐらい覚悟してるもんね! だけど、それと嫉妬は別物!」


 まるで某小日向さんのようにふすーと鼻息を吐いた冴島は、景一の前に立つと腰に手をあてて仁王立ちの姿勢になる。景一は顔を引きつらせて一歩後ずさっていた。ウケる。


 このまま景一たちの痴話ゲンカを見てニヤニヤしておきたいところだけど、俺も現在進行形で胸に衝撃を受けているわけだから、そうもいかない。


「お前もいい加減頭突きを止めなさい。あの女子たちも社交辞令で俺のことを褒めてくれていたが、本命はきっと景一だぞ? ほら、浴衣がずれちゃうからジッとして」


 小日向の背中をポンポンと叩いてそういうと、彼女は俺の浴衣をギュッと小さな手で握りしめたまま、静かに動きを止めた。ほぼ真上から彼女の顔を見ていると、にゅいっと下唇が飛び出してくる。これはおそらく不満顔だな。


 とりあえず小日向が停止した隙に、俺はささっと彼女の衣服の乱れを整えることに。下にはきちんとキャミソールも身に着けているようだけど、他の男子に見られるわけにはいかないので少しきつめに浴衣に付いている紐を結びなおした。完了した合図に、一度小日向の後頭部をポンと叩く。


『智樹のほうがカッコイイ』


 俺が作業している間にスマホをポチポチしていた小日向は、視線を俺の胸に向けたままスマホの液晶をこちらに提示してくる。とてつもなく嬉しいが、こういう恥ずかしいセリフは周りに人がいないときにお願いしたい。顔が赤くなるからさらに照れるだろ。


「はいはい――お前が俺を一番に見てくれたら、それだけで満足だよ」


『…………(コクコク)』


「まぁ俺の顔がどうであろうと、小日向が心配するようなことにはならないから。ま、俺も小日向が他の男子に話しかけられていたら嫉妬するだろうなぁ」


 小日向の髪を指で梳きながら、頭の中でその光景を再生してみる。うん、ナンパっていうか、可愛がられている姿しか想像できんな。とはいえ相手が見知らぬ男子だったら、いい気分ではないのはたしかだ。


 小日向もこんな気分だったのだろうか――そう思って下に目を向けてみると、いつの間にか小日向は俺の顔を真っ直ぐに見上げており、目をキラキラと輝かせていた。

 それから彼女は身体をそわそわと左右に揺らしながら、スマホを操作。俺から離れてテコテコと景一の元へ歩いていった。


「あの二人、学校でもあんな感じなんだぜ――っと、小日向どうした?」


 冴島、そして蛍ヶ女子の二人と話していた景一は、キョトンとした表情を浮かべて小日向に問いかける。女子三人衆も、突然やってきた小日向に驚いている様子だ。


 で、小日向は景一の目の前にまでやってくると、スマホ画面を提示。

 景一は小日向のスマホを見て一瞬首を傾げるも、すぐにニヤついた表情に切り替わった。


「『私に話しかけて』――? あぁ、なるほど。そういうことね――よし小日向、ちょっと向こうに行ってで話そうか」


『…………(コクコク)』


 景一はわざとらしく『二人きり』の部分を強調し、さらに横目で俺をちらりと見てくる。小日向にいたっては景一のことなど一切見ておらず、こちらをニンマリとした表情で見ながら頷いていた。


 ぐ……ここでわかりやすく反応してしまえば奴らの思うツボだ。冗談と頭ではわかっているのだけど、明確に抵抗したくはない。


 ――よし、あいつらがその気なら、こっちもやってやろうじゃないか。


「そうかそうか。じゃあ俺は冴島とで話そうかな」


「そうだねぇ。友達の彼女を連れて行こうとするような男子は、これぐらい別に気にしないだろうから問題ないよねぇ」


 俺は平静を装って、そして冴島は景一にジト目を向けつつそんな言葉を口にする。


 正直、俺たちはお互いのパートナーを取り合う気なんざさらさらない。そのことをわかっているから、この流れ自体おふざけであることは全員が理解していることなのだろうけど、冗談とわかっていながらも、この流れに耐えられない人物が一名。


 小日向はテテテテテとこちらに駆けてくると、俺の隣に立っていた冴島をぐいぐいと俺から遠ざけるように押し出して、ポカポカと胸を叩き始めた。


「ごめんごめん! 明日香、わかってると思うけど冗談だからね? 私は景一くん一筋だから」


 冴島にそんな言葉をかけられつつ頭を撫でられた小日向は、最後に胸をベインっと叩いてから今度は俺の元へテテテテテ。一度頭突きをしたのち、俺の背に手を回してから胸に顔を押し付けてふすーと息を吐いていた。吐息がやたらと熱い。


「冴島も言っていたけど、冗談だからな?」


『…………(コクリ)』


「俺も嫉妬しちゃったから、こういうのはお互い止めような?」


『…………(コクリ)』


 俺の言葉に頷いた小日向は、息を大きくふすーと吐いてから俺の胸に頭をこすりつけはじめる。一、二分はこの状態が継続しそうなので、ずっと放置していた蛍ヶ丘女子に目を向けてみると――、


「何をやってんだ……?」


 どこからか現れた椅子二脚。その椅子には蛍ヶ丘女子の遠野さんと水城さんが腰かけており、彼女たちは熱に浮かされたようにふらふらしていた。そして遠野さんたちの傍らには、鼻にティッシュを詰めたうちの班員――鳴海と黒崎が箱ティッシュを持って控えている。いったいいつの間に現れたんだこいつら。


「あ、ウチらのことは気にしないで続けて」


「蛍ヶ丘の生徒さんはこれで八十七人目ですね~」


 黒崎が言っていた数字がいったいなんの数字なのか、俺は怖くて聞くことができなかった。


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