第175話 きっと花粉症


~作者前書き~


もうすぐハロウィンがやってきますね!

おそらく十月末に作中の流れをぶった切って、ショートストーリーとしてハロウィンエピソードを投稿します。

だってねぇ……『お菓子くれなきゃいたずらする』って言う小日向さん、絶対可愛いですやん!


~以下 本編~



 その場にいた全員が落ち着きを取り戻したので、この階にあるもので遊びたいところなのだけど、はたして場所が空いているのかどうか。桜清学園だけでも三百ぐらいの人間がこのホテルにいるというのに、そこに蛍ヶ丘高校の生徒までいるのだ。


 うちの班の高田たちのように部屋で盛り上がっている生徒の方が多いだろうけど、それでも数少ない遊具をゲットできるかというと、スタートダッシュを決めてもいない俺たちにはなかなか難しいかもしれない。


 蛍ヶ丘女子の二人も加え、合計八人で『今からなにしよう会議』を行っていると、鳴海が自信に満ちた笑みを浮かべた。


「卓球だったらたぶん大丈夫だよ」


「そうなのか? あまり人気ない感じ?」


「んーん、人はいるよ。だけどたぶんウチらに譲ってくれると思うから」


 ほう……もしかしたら同じグループがずっと使っているのだろうか? 交代したい人がいたら、すぐに変わってくれる状態的な?


 もしくは、鳴海が事前にそういう約束を取り付けてくれていたか――なんにせよ、卓球台が使えるというなら使うしかないな。


「小日向も卓球でいいか?」


 会話中もずっと俺の左腕をギュッと抱きしめていた小日向に聞いてみると、彼女はコクコクと頷いてから俺の腕にほおずりをしてくる。人目を気にしていない彼女の行動に一言物申したくなったけれど、可愛さのほうが勝ってしまった。無念。


「じゃあ卓球に行こうか」


「…………(コクコク)」


 卓球台がある場所へと歩きだそうしても、彼女が俺の腕を離す気配はない。

やれやれ……景一と他愛のない話でもして、道中にそそがれるであろう生温かい視線から意識を逸らすとしようか。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 俺たちがぞろぞろと八人で卓球エリアへとやってくると、四台ある卓球台はすべて埋まっており、そこには十五人ほどの男女が浴衣姿で楽しく遊んでいた。男子も女子も見覚えがないから、おそらく蛍ヶ丘高校の生徒たちだろう。


 これはアテが外れたか……? 少ない人数で使っているわけでもなければ、桜清学園の生徒でもない。鳴海の友人が使っているのなら――と思ったけど、他校の生徒ならば譲ってもらうのも難しいだろう。せっかくの修学旅行で余計なトラブルは起こしたくないし、ここで「場所を空けてくれ」と声を掛けるのも気が引ける。


 ――と、俺はそんなことを思っていたのだけど。


「今すぐ台を拭きなさい! 塵ひとつ残さず、場所を空けるのよ! 鳴海先輩、黒崎先輩、少々お待ちください。あと、甘い土産話をなにとぞ――」


「わかっていますよ~。あなたも、地面に垂れている赤いのを拭いておいてくださいね~」


「委細承知!」


 遊んでいた人たちは俺たちが来たこと気付くなり、訓練された軍隊のように素早く行動を開始した。


 まず、いつのまにか地に伏せていた女子二人を蛍ヶ丘の生徒四人がでどこかへ運び出し、男子勢はどこからか取りだしたふきんとアルコールスプレーで卓球台を磨き始めた。ホテルのウェイターを彷彿とさせるような洗練された動きなのだけど、時折小日向を見ては表情をだらしなく緩めている。


 まさかこいつらもKCC――いや、深く考えるのはやめておこう。浅いところだけ見るので十分だ。


「あの人たちって蛍ヶ丘の人だよな?」


 俺は軍隊のように動く学生から目を逸らして、右隣にいる遠野さんに聞いてみた。


「はい、黒崎さんと話していた人は生徒会副会長の神木さんですよ」


「……へ、へぇ、桜清は副会長も三年がやってるけど、そっちは二年生がやるんだ」


 生徒会という言葉に若干嫌な予感がしたけれど、これは他校の話だ。気にしない気にしない。


「明確な決まりはないんですけど、だいたい二年生が慣例でやってますね」


「そうか。うん、二年だよな」


 さりげなく鳴海たちのことを『先輩』と呼ぶ彼女たちが一年生でないことを確認してから、俺は再度卓球台がある方向へと顔を向ける。そこにはピカピカに磨かれてダウンライトを反射する卓球台と、綺麗に整列した蛍ヶ丘の生徒たちがいた。


 仕事が早いよ……そして怖いよ……。


 だが、こうして譲ってくれたのだから引きつった笑みで対応するのは失礼だろう。例え彼女たちの原動力がなんであれ、俺たちに場所を譲ってくれたという事実は変わらないのだし。


 俺の左腕に抱き着いたままここまでやってきた小日向はというと、目の前で起こっている謎現象に首をコテンと傾けていた。「どういうこと?」とでも言いたげに俺の顔を見上げてきたので、俺は「気にしなくていい」と声を掛けながら彼女の頭をぽんぽんと軽く叩く。スリスリし始めた。可愛い。


「っていうかそんなに場所を空けてくれなくても、一台空けてくれたらそこで遊ぶから大丈夫だよ!」


 冴島は初対面であろう人たちに向かって、物怖じした雰囲気もなくそう言うが、対する彼女たちは「恐れ多い」などと口にして、手をパタパタと振りながら一歩後ずさる。ちらっと小日向のことを見ていたから、もう彼女たちはKCCの一員だと断定してしまっていいかもしれない。


 それから景一カップル&鳴海黒崎の陣営と、遠野さん水城さんを除く蛍ヶ丘陣営の話合いが行われ、結局俺たちは卓球台を二台ずつわけあって遊ぶことになった。実に平和的な解決策である。


 それにしても、ひどいな。


 たしかこの場にやってきたとき、蛍ヶ丘の生徒は十五人近くいたはずなのに、ちょっと目を離したすきに六人になってしまっている。残った彼女たちが精鋭部隊なのか、もしくはKCCとは関係が薄い人員なのか――後者であってほしいな。


 彼女たちが鼻にティッシュを詰めているのは、きっとみんな花粉症なだけなのだ。


 

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