第176話 計画通り by小日向
さぁ、もう面倒なことは忘れて卓球をしよう。
なぜ他校の生徒が鳴海たちの子分と化しているのだとか、考えるだけ無駄なのだ。頭を悩ませているだけで時間を浪費してしまえば、あっという間に就寝時間がやってきてしまい、肝心の遊ぶ時間が無くなってしまう。楽しい楽しい修学旅行なのだから、この時ぐらい目を向ける先は好きなことばかりでもいいだろう。
「とりあえずチーム戦しようぜ! どういう感じで別れる?」
いつもの四人で固まったところで、景一が卓球のラケットの上でボールを転がしながら問いかけてくる。
「グッパーでいいんじゃない? たまには違う組み合わせも楽しいよ!」
「それもそうだな。智樹たちもそれでいい?」
景一が俺と小日向にそう問いかけてきたので、俺は「わかった」と返事をし、小日向は唇を尖らせながらもコクリと頷く。この少し拗ねたような表情は、俺とペアになりたかったという意味で捉えてもいいのかね。だとしたら嬉しいが。
俺たち四人は四台ある卓球台のうち、一番端の台を貸してもらっている。隣の台では鳴海と黒崎、それに遠野さんと水城さんの四人がいて、残りの二台は蛍ヶ丘の生徒たちが使用することとなった。
端の台はすぐ傍に休めるベンチがあるからありがたいな。小日向を崇拝している彼女たちのことだから、そういう場所を譲ってくれた可能性も高い。
それはいいとして。
地域差のある音頭を冴島がとって、俺たちはそれに合わせてそれぞれグーとパーを出した。冴島と俺がパー。景一と小日向がグーだった――のだが。
ギュッと拳を握っていた小日向の手が、じわりじわりと開いてパーの形に変化。わざとらしく冴島と俺と自らのパーの形の手を指さして、ふんふんと鼻を鳴らしながら頷いている。
「コラ、ズルはダメだぞ」
「…………」
下唇を突き出した小日向が上目遣いでこちらを見てくる。とてもとても可愛いが、彼女の上目遣いはデフォルトなので致命傷一歩手前で耐えることに成功。隣の台から「「うぶぉあっ」」という女子とは思えない叫び声が聞こえた気がしたけど、俺はいま楽しい事だけに目を向けているので、そちらは見ないようにしておく。
「まぁまぁ、たまにはこういうのもいいんじゃないか? それにずっとこのペアでやるわけじゃないし、一試合ごとにペアを変えてやればいいだろ」
「それもそうだねっ! よーし杉野くん、景一くんをボコボコにしちゃおう!」
「なんで俺だけ!? いちおう小日向もこっちチームなんだけど!?」
「明日香は強いから無理!」
「なんとなく予想はしていたが、やっぱり強いのか……本当になんでもできるのな、小日向」
ははは、と景一は渇いた笑いを漏らしながら、テコテコと隣にやってきた小日向を見下ろしている。ちなみに小日向は両手にラケットを持った二刀流スタイルだ。なんとなくカッコいいけど、逆にやりづらそうな気もする。
「じゃあ杉野くんよろしく! 杉野くんは卓球上手?」
小日向と入れ替わりにこちらにやってきた冴島が、ニコニコと笑顔で問いかけてくる。この人当たりの良さは、少しぐらい小日向も見習ったほうがいいんじゃないかな。いや、それはそれでちょっと寂しい気もする……恋愛って難しい。
「軽いラリーだったらできるぐらい。冴島は?」
「学校の授業でちょっとやっただけかなぁ」
「なるほど」
まぁお互いに初心者ってことでいいだろう。俺も強い球を打たれたら、たぶんまともに返球できないだろうし。そう言う意味では景一たちも同じ初心者なのだろうけど、あいつはだいたい何でもそつなくこなすし、小日向にいたってはスポーツに関しては類まれなるセンスを持ち合わせている。
運動神経が凡庸な俺たちのチームにはたして勝機はあるのか。
無かった。
薄々感づいていたことだけども、ボコボコにされた。
小日向が俺に手心を加えてくれるかとも思ったけれど、彼女的には早くこの試合を終わらせて新たなペアを組むことが最優先だったらしく、いつにも増してふすふすしながら張り切っていた。
景一は俺たちのひょろひょろの球をこれまたひょろひょろの玉で打ち返してくるのだけど、小日向だけはネット上を綱渡りさせたり、ネットの横から打ち込んで玉をバウンドさせずに台の上を転がしたりと、一人だけ違う次元の遊びをしていた。君、本当に初心者なんだよね? これ、プロの戯れとかじゃないよね?
しかし小日向がここまで無双するのであれば、もはや相方など関係なしに彼女チームが圧勝してしまうだろう。
そしてやはり、俺の予想通り景一と俺のペアで行われた試合も、女子チームが実にあっさりと勝利を掴んだ。男のプライド? スポーツに関しては小日向と争わないことにしたからいいんだよ別に!
接戦になる気配もないし、こりゃペアの入れ替わりが激しくなりそうだな。
ペアが一周したら、その後はどうしようか――などと無用な心配をしていた時期が俺にもありました。
「……なぜ空振ったし」
「…………」
なぜか小日向は俺のペアになった途端、急激に弱くなってしまった。そして一点取るごとに、まるで奇跡を喜ぶような雰囲気でピョンピョンとその場で跳ねる。それに加えて毎度毎度抱き着いては俺の胸に頭をこすりつけてきていた。
さきほどまでの感情を消して淡々と点を稼いでいた小日向さんは別人かな? ちなみに失点した時も抱き着いてくる。
「君、この試合を長引かせようとしてませんかね?」
「…………(ぷい)」
なんのことだか。とでも言うように俺から顔を逸らす小日向。嘘を吐くのは相変わらず苦手な模様。
それまでの二戦は五分以内で決着していたにも関わらず、俺と小日向が組んだ試合は就寝の時間がやってくる最後の最後まで、勝敗がつくことはなかった。
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