第244話 私は激怒した



 いつも通り明日香と一緒に学校へ向かい、クラスメイトと挨拶を交わしながら教室に入る。明日香は珍しく、『ちょっとお話してくる』と、他の女子のグループのところへトコトコと歩いて行ったので、俺は自分の席に座ってスマホをいじることにした。


 ――のだが、


「……は? 好きなチョコの種類?」


 なぜか俺は、普段あまり会話もしていない女子から、好きなチョコについての質問をされている。そりゃ同じクラスだから関わりがないというわけではないが、この女子――えっと、石田さんと個人的な話をしたことはない。


 バレンタインが近いから、彼氏に渡すチョコの参考にでもするのだろうか。

 彼女はなぜか面接官を前にした時のように直立不動で、緊張しているような面持ちをしている。


「んー……あまり甘すぎるのは苦手かもしれん。種類に関してはあまり詳しくないから何がなにやら――って感じだな」


 はたしてこんな回答で良かったのだろうか。

 当たり障りがなさすぎて、参考になってない気がする。


「な、なるほどなるほど甘すぎるのはNGと――えっと次は、イチゴとオレンジだったらどっちが好き?」


 石田さんはコチコチに固まりながらも、スマホを見ながら追加で質問を投げかけてくる。

 わざわざ質問をメモしてから来るなんて律儀だなぁと思いつつ、「オレンジかな」と答えた。


 ふむ……これって傍から見たら、石田さんが俺にチョコを渡そうとしていると勘違いしないだろうか? もしかして、これって明日香の不況を買うのでは?

 嫌な想像をしてしまい、俺は慌てて教室を見渡してみる。なぜか、女子と話していたはずの明日香の姿はない。というか、明日香はさっき彼女たちのグループに入っていかなかったっけ?


「…………」


 首を傾げつつ、石田さんに視線を戻したところで、気付いた。

 足元を見てみると、彼女の後ろに見覚えのある小さな足が二本見えたのだ。

 もはや張り付いているような距離感で、俺の視線から隠れるように身を隠している。


 これは気付かない振りをしたほうが……いや、なんだか石田さんは明日香に利用されているようだし、指摘したほうがいいか。


「あー……なんだか無性に明日香に会いたいなぁ。いったいどこに行っちゃったんだろうなぁ」


「――うひゃあっ!?」


 どうやら石田さんの後ろで何か動きがあったらしく、彼女は顔を真っ赤にして身体を強張らせた。

 よし、顔を見せるまでもう一息だな。クラスメイトの前でこんなことを言うのは少し恥ずかしいけど、景一の『今さら何を言ってんの?』というボイスが脳に流れたので、続行。


「あー寂しいなぁ、いつもならすぐ傍にいるのにいないってことは、もしかして俺のことが嫌いになっちゃったのか――うぉっ!?」


 シュッ、ギュッ、チュッ。

 石田さんの陰から姿を現し、突撃するように俺に抱き着き、そのまま俺の頬に口づけ。

 唇にしなかっただけマシか……。


 猫のように俺の頬に頭をこすりつけてくる明日香の背中をトントンと叩きながら、俺は茫然としている石田さんに声を掛けた。


「すまんかった。迷惑かけたみたいだな」


「い、いやいやいや! とんでもありません! ありがとうございますありがとうございますありがとうございますっ!」


 なぜか喋り方が丁寧になった石田さんは、口と鼻を手で覆って、俺たちに顔を向けたまま離れていく。机やら人やらにガンガンとぶつかりながらも、俺と明日香から目を離すことはなく、そのまま廊下に出て、倒れた。


 そしていつの間にか廊下で倒れていた会長や副会長らと一緒に、どこかへ運ばれていく。たぶん、行き先は保健室だろうなぁ。

 まさか石田さんもKCCの一員――だったりして?


「そろそろ離れない?」


「智樹好き」


 耳元で囁くように、そして拗ねるような声で明日香が言う。


「嫌いになってない」


「うんうん。わかってる――ちょっとした冗談みたいなもんだから」


 俺がそう言うと、明日香は俺の頬から頭を離して、俺の足にまたがったままムスッとした顔で俺を見つめてくる。胸ポケットからスマホを取り出して、何かを入力し始めた。


『秘密の任務中だった』


「悪かったって。こうしたら明日香が顔を見せてくれるかなって思ったんだよ」


『私は激怒した』


 明日香はふんすーと強く鼻息を吐いて、ご立腹であることを知らせてくる。どこのメロスだよ。

 しかし彼女が怒ったところで、残念ながら可愛いという感想しか出てこない。

 レッサーパンダのお面を付けてもらいたくなったが、自重しておくことにした。



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