第142話 いざ、アラウンドへ
十月十日、月曜日。時刻は朝の八時半。
本日はスポーツの日ということで、俺と小日向は複合エンターテインメント施設――アラウンドに行くことになっている。日頃の運動不足を解消するいい機会だ。
ちなみに景一や冴島も誘ってみたのだが、彼らは二人で映画にいくとのこと。仲睦まじいようでなによりである。
まぁそれはいいとして。
昨夜は小日向がいつにも増して小悪魔的になっていたがために、目が覚めたのは八時過ぎ――七時間は寝たはずだが、眠りが浅かったのか、まだ少し眠い。
隣ですぴーすぴーと寝息をたてつつ、俺の左腕を抱きしめているコアラさんは昨夜、横になっている俺に馬乗りになった状態で頭をぐりぐりと胸にこすりつけてきた。
それだけだとまぁ普段通りなのだが、俺のシャツの中に顔を突っ込んできた時にはさすがに焦ったね。コアラの次はカンガルー化でもしたいのかと思ったぞ。
しかも俺の胸あたりにちゅっちゅとキスまでしてくるものだから、彼女いない歴イコール年齢の俺としては平常心を保つことなどできるはずもなく、「ちょっ、おまっ、やめっ」ぐらいしか喋ることができなかった。発声できただけでも褒めてほしいぐらいである。
高校生らしい健全な関係を維持する為に注意しようかと思ったけど、俺の着ているシャツの襟ぐりから顔を覗かせて、ふへへと楽しそうに笑うものだから、あまりの可愛さに思わず頭を服の上から撫でてしまった。
だってなぁ……四月にあったころの小日向は、表情が驚くほどに『無』だったんだぞ。ここまで表情豊かになった小日向を、いったい誰が咎められようか。無理。
――と、昨夜の出来事を思い返しつつ、寝ている小日向の頬をムニムニと突いていると、小日向がうっすらと目を開く。何かを咀嚼するように口をもごもごとさせて、鼻をむずむずと動かし、また目を閉じた。
「こらこら二度寝するんじゃない――そろそろ起きようか。今日はおでかけするんだろ?」
ぺち、と軽く小日向の頬を叩いてそう言うと、小日向は再び薄く目を開いた。俺と視線を合わせると、キスをせがむように目を閉じてから唇を尖らせてくる。
この天使は本当に……ガードが薄いにもほどがあるだろ。
もういっそのこと思いっきりキスしてやろうか――そうしたら小日向もびっくりして目を覚ますに違いない。
一瞬そんな悪魔めいた考えが頭をよぎるが、どこかの誰かさんのように鋭い実行力は持ち合わせていないので、妄想するだけにとどまった。
キスをすることはできなかったけど、代わりに小日向の唇に自らのおでこをぶつける。頭突きをしている気分だ。
「お目覚めですか?」
でこちゅーに満足した様子でふへへと笑う小日向にそう問いかけると、彼女は大きくコクリと頷く。そして今度は彼女のほうから、二回ほどでこちゅーをしてきた。
小日向さんは今日も変わらず絶好調のようです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
朝食は牛乳を入れたシリアルと、昨夜静香さんが持ってきてくれた果肉入りのゼリーを食べた。小日向は桃で、俺はマスカット。
お互いに食べさせ合うぐらいではあまり照れなくなってしまったが、これは良い変化なのだろうか……。人前では恥ずかしいからあまりしたくはないけども。
だらだらとニュースを見ながら朝の時間を過ごし、十一時前になってようやく家を出る。
その辺に出かけるだけならばこのまま遊びにいっても良かったのだが、小日向が持ってきていた外着は運動するのに適したものではなかったので(ロングスカートだった)、一度小日向の家に寄ることに。
家には静香さんも唯香さんもいたので、小日向が着替えをしている間に三人で軽く話をしていると、暇を持て余していたらしい静香さんがアラウンドまで送ってくれることになった。ここからアラウンドに行くまではバスと電車を利用する必要があったので、行きだけでも送ってくれるのはありがたい。
「二人ともシートベルトはしっかりつけるんだよ~」
「了解です」
「…………(コクコク)」
運転席には静香さん。後部座席には俺と小日向。
小日向家の玄関では、唯香さんが「いってらっしゃーい」と言いながらこちらに手を振っている。相変わらず明るい家族だ。
見送ってくれている唯香さんに対し、俺たち三人はそれぞれ頭を下げたり手を振り返したりして、いよいよ出発。
「今日の服装はいつもと雰囲気が違うな」
隣に座る小日向は、片手はシートベルトを握り、もう片方の手は俺の手を握っている。
そんないちいち可愛らしい小日向だが、本日は少しボーイッシュな雰囲気の服装をしていた。
白いシャツに、薄い色合いのデニムのオーバーオールを身に着け、それと同じ生地のキャップを被っている。何着ても似合うと思ってしまうのは、なんちゃらは盲目ってやつなのだろうか。いや、絶対誰が見ても可愛いと思うけどなぁ。
「智樹くーん。そこは『可愛いよ』とか『似合ってるよ』とか言うもんだよ」
赤信号で車が停車するなり、バックミラーでこちらをニヤニヤとした表情で見ながら、静香さんが言う。思っているけどそう簡単に言えないんですよ。
誤魔化すように「ははは」と小さく笑ってみたけれど――うん、左側からすごく視線を感じる。期待期待期待期待期待と言った感じの視線だ。もしここで口にしなかったら拗ねてしまう未来がありありと見える。
「……可愛いよ、似合ってる」
静香さんが口にした言葉を復唱しただけのようになってしまったが、それでも小日向は嬉しそうににんまりと笑って、僅かに頬を赤く染める。そしてえへえへと表情をとろけさせた。可愛い。
『智樹も宇宙一かっこいい』
意気揚々と見せつけてきたスマホには、そんな文章が記載されている。スケールがでかいな。
そんなドストレートな褒め言葉に恋愛初級者の俺が照れずにいられるわけもない。
赤面してしまった俺は、道中小日向姉妹からからかわれ続けるのであった。
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