第143話 「抱き着かれたい一心だった」
静香さんの運転により、俺たちは無事にアラウンドへたどり着いた。移動時間としてはだいたい三十分ぐらいだろうか。帰りは交通機関を使う予定なので一時間はかかるだろう。それを計算に入れて、遊びを切り上げないといけないな。
「とりあえず受付を済ませようか。お金は大丈夫?」
建物の自動扉を潜り抜けながら隣をテコテコと歩いている小日向に問いかけると、彼女はコクリと頷く。なお、視線は建物の内部をきょろきょろと見渡しており、興味津々といった様子だ。
アラウンドの中にはカップルもいるが、どちらかというと男性集団、そして女性集団が多いように見える。たまに混合の集団もいるし、家族連れもいるが、それらは前者に比べると少なめだ。
「小日向は来たことあるんだっけ?」
「…………(コクコク)」
彼女は二度頷いたのち、ふすーと鼻息を吐きながら人差し指をピンと立てる。どうやら一度だけ来たことがあるらしい。
「俺も来たことあるけど、小日向と同じで回数は少ないからな。残念ながらエスコートは難しいかもしれん」
右手で頬を掻きながらそう言うと、小日向は繋いでいる俺の左手をニギニギとして、ニコリ。たぶん手を引いてくれたら良い――みたいな意味合いなのだろうけど、その蕩けた笑顔は反則ですよ小日向さん。学校外でも死者を出すつもりですかあなたは。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺と小日向は受付を済ませてから、バーコードのついたゴムバンドを受け取り、アラウンド内のスポーツエリアへとやってきた。
時間制限は三時間。
スポーツで身体を動かした後は、地下にあるゲームセンターで遊ぶ予定になっている。いちおうボウリングも別料金でできるから小日向の希望を聞いてみたのだが、彼女はゲームセンターに行きたいらしい。というか、プリクラが撮りたいらしい。
狭い空間に二人きりというのはいささかドキドキするだろうが、それはあとの話だ。まだ焦る時間じゃない。
いまは日ごろの運動不足解消のためにスポーツを楽しむことにしようか。
というわけで、最初の種目はアーチェリー。
「ふむ……わりと難しいな」
籠から矢を五本取りだし、少し離れた場所にある的に向かって射ってみたが、どれも中心を捉えることはできなかった。一本だけ惜しいのがあったけど、もう一度あの付近を狙えと言われたら難しいだろう。まぁぶっちゃけ運だな。
「こういうところの弓は皆が使い古しているだろうから、あんまり状態がよくないかもしれないな」
と、言い訳じみた言葉を口にして、後ろで待機していた小日向に弓を渡す。
俺から弓を受け取った小日向は、ベインベインと弦の部分を弾いてから、何かを理解したようにコクコクと頷いた。
小日向なら当たり前のようにど真ん中に的中させそうなんだよなぁ……。いや、これまでとジャンルがちょっと違うから、例えできなくても別に不思議はないんだけども。
そんなことを思いながら、矢をつがえて弓を構える小日向を見ていると、彼女は弦を引こうとして――停止。構えを崩してから、俺の方をジッと見てきた。
「ん? どうした?」
首を傾げながら小日向の元に歩いていくと、彼女は弓を引く仕草をしてから、右手をプルプルと振るう。んー……右手が痛い? いや、弦が重くて引けないって言いたいのか?
「そんなに重いかな?」
彼女から弓を受け取って再度弦を弾いてみたが、大して引きづらいとは感じない。俺と小日向の腕力を比べたらそりゃ俺の方が強いかもしれないけど、俺たちの隣では小学生の女の子が平気そうに矢を放っている。
うーむ、でもまぁ、小日向がきついって言うならそうなんだろう。
「俺が後ろから一緒に引こうか?」
そう提案してみると、彼女はまるで『その言葉を待っていた!』とでも言うように、勢いよくコクコクと頷く。もはや痙攣しているレベルの素早い頷き速度だった。
「了解。……セクハラとか言うなよ」
もちろん小日向はそんな事は言わないだろうけど、照れ隠しの一環で俺はそんな言葉を口にする。俺は小日向の後ろから抱き着くような感じで――彼女の左腕、そして右手に手を添えた。
い、いかんな。身体が密着して緊張する。
だけどこれはアーチェリーの補助をしているだけだ。他意はない。小日向は俺の胸に後頭部を擦りつけており、いつにも増してふすふすしている気もするが俺はいたって真剣である。
「じゃあ引くぞ。手が痛かったらすぐに言ってくれ、狙いは任せる」
「…………(コクコク)」
俺の顎の下で頭を上下に動かした小日向は、スイーっと弓を軽やかに引く。
うん、とても軽やかだったね。俺の腕、何の仕事もしてないね。俺の助け、絶対いらなかったよね。
それでも途中で手を離したら彼女の狙いに狂いが生じてしまいそうだったので、軽く手を添えたまま彼女が矢を放つのを待った。
そして、発射。
シュパっといい音を立てて飛んでいった矢は、これ以上ないぐらいのど真ん中に命中。この結果がまぐれなのか実力なのかは、小日向のこれまでの運動センスを思い出せばわかるというもの。
そしてその結果を嬉しそうに指さしながら、俺を見上げてふすふすしている彼女は、間違いなく嘘を吐いていた。
「小日向ぁー? 君、俺の補助いらなかったよね? そうまでして俺に抱き着かれたかったのかなぁ?」
ここは敢えて強気で、小日向をからかうべく厭らしい口調で言ってみたのだけど、残念ながら彼女のほうが一枚上手だった。
「もちろん!」とでも言うように大きく頷いた彼女は、そのままポスリと俺の胸に頭突きをしてきて、腰に手を回してくる。そしてマーキングする猫の如く、ぐりぐりと頭をこすりつけてきた。そんなことされたら何も言えねぇよこの天使め。
遠く離れたところから、微かに「会長と副会長がイきました! 至急応援をお願いします!」なんて声が聞こえた気がするけど、気のせいだと信じたいところだ。
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