第144話 見知らぬ男たちと〇〇を賭けて勝負



 お祭りの屋台と違って、こういうエンターテインメント施設ではどれだけ結果を出そうが何も景品はない。それこそ友人たちと行って賭けでもしていればジュースぐらいの恩恵はあるかもしれないが、小日向と二人で来ている状況でそれはない。


 いや、別に負けるのがわかりきっているとかいうわけじゃなくてね、小日向が「智樹、ジュース買って」などと言ってきたら断るほうが難しいのはわかるだろう? つまりはそういうことなのだ。


 しかし、なぜか景品が発生する事態が発生してしまった。


「じゃあ十一点先取――勝ったら俺たちの希望は叶えて貰うよ」


 向かいのコートに立ってそう話すのは、初対面の大学生と思しき男性。金髪でヘラヘラしたような表情を浮かべており、ピアスなどのアクセサリーも豊富。第一印象はそのままチャラ男だ。


 そしてそのチャラ男の隣には、寡黙でごつい男。ラグビー部と茶道部を足して二で割っ――いや、ただ足しただけのような人物が静かに立っている。一見やる気が無いように見えるが、バドミントンのラケットを握りしめている力の入れようから、彼も本気で勝ちに来ていることが窺える。


「すまん小日向……負けたらお前には不本意なことになるかもしれんが」


 俺の自信なさげな言葉に対し、小日向は「問題ない」とでも言うようにブンブンと首を振る。それから、眉尻を下げている俺に向けて、ニョキっと親指を立てた。


 ここは俺も男として――いや、小日向の彼氏候補である男として、頑張らなければならない。特にチャラ男のほうは中学の頃バドミントン部に所属していたらしいので、実力的には圧倒的あちらの方が上手だろう。


 さて、なんとしてもこの勝負に勝って――、



 小日向に飲み物を奢る権利を勝ち取らなければっ!



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 口頭で話だけ聞けば、「こいつらは何を争ってんだ?」と首を傾げられるかもしれない。


 しかし、きっと会長率いるKCCの会員ならば理解できるだろう。いや、あのヤバいやつらに同意を求めるのもしゃくなんだけども。


 俺がちょっとトイレで小日向と離れている隙に、ベンチに座る小日向に二人の男が寄ってきていた。もしかしてナンパだろうか――と思って急いで駆け寄ったのだが、男たちはむしろ近寄ってきた俺に助けを求めるような表情を向けてきたのだ。


「もしかして彼氏くん? この子、何も喋らないから困ってるんだけど」


「はぁ……話なら俺が聞きますけど、何か用ですか?」


 小日向が喋らないことを知らないということから、彼らが小日向の知り合いである可能性はないはず。そして俺の姿を認識して慌てる様子もないから、ナンパでもないと思うのだが……いかんせんこういう経験は皆無だからわからん。


「ほら、彼女汗をかいているだろう? 夏は過ぎたとはいえ、水分補給は大切だ。俺も練習中に何度か熱中症で倒れたことあるし。だから彼女にスポーツドリンクを奢ろうかと思ったんだけど……」


 そう言って、チャラ男は小日向に視線を向ける。視線を向けられた小日向は、すいっと受け流すかのように俺の方に目を向けた。「どうすればいい?」と聞いている雰囲気である。


「あぁ……お気遣いありがとうございます。だけど、彼女の分なら俺が出すんで、大丈夫ですよ」


「まぁそりゃそうだよね。いや、俺も普段はこんなことしないんだけど、なんだかこの子を見ていると無性に何かをしてあげたくなるというか……言いたいことわかる?」


「痛いほどに」


 俺が神妙な面持ちで頷くと、チャラ男は「だよね!」と楽しそうに頷く。小日向にはそういう性質があるからな。仕方ない。


 だけど、やっぱり他の男の人に小日向が何かをしてもらっているのを指をくわえて見ているのも嫉妬の心がざわつくので、ここはおとなしく辞退してもらいたいところ。


 まぁ彼らも俺が現れたところで諦めの雰囲気を出していたので、問題ないだろうと安心していたのだが、


『バドミントンのラケット持ってる』


 小日向がそんな文章を見せつけてきた。


「ん? まぁ、そうだな。俺たちもあとでやるか?」


『勝負する』


「……俺と小日向で?」


 なんとなくそうじゃないような気もするが、いちおう問いかけてみると、予想通り彼女は首を横に振る。そして、『そこの二人と』という文章を書き記した。


 そしてさらに、


『勝ったらご褒美にジュース買って』


 と、ふすーっと強く息を吐きながらスマホを見せてくるのだ。


 可愛い。非常に可愛い。もう勝敗なんてどうでもいいぐらいには可愛い。ケース単位で買ってあげたくなるぐらいに可愛い。

 あまりの可愛さにヨシヨシと頭を撫でていると、彼女は俺の胸にぐりぐりと頭を押し付けてくる。あーあー、髪がぐしゃぐしゃになっちゃうぞ。


 このまま抱っこして持ち帰りたい欲望は当然あるのだが、目の前にいる見知らぬ男の人を放置するわけにもいかないので、ほんわかした表情を浮かべている彼らに俺は声を掛けた。


「彼女もバドミントンやりたいって言ってるんで、二対二で良かったら勝負しませんか? 俺たちが勝ったら、気持ちだけ受け取って彼女のドリンクは俺が奢ります」


「なるほど……じゃあ俺たちが勝ったら、奢っていいってことだね。もちろん、彼氏くんにも奢るよ」


「わかりました、ではそれでお願いします」


 勝負することになった経緯は、こんな感じだった。

 なんとなく、KCCに入りそうな素質を持ち合わせているような気がしなくもない。



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