第145話 オレ、ジュース、オゴル



 目にもとまらぬ速度で、シャトルが俺の頬のすぐそばを通り過ぎていった。

 すこし遅れて、風が俺の前髪をなびかせる。


「オレ、ジュース、オゴル」


 今まで一言もしゃべらなかったごつい男が、一節一節を区切るようにそんな言葉を言い放つ。なんというキャラの濃さ――俺じゃなくてもツッコんじゃうね。


 いや、冗談はともかく、あの人の放ったスマッシュはしっかりと俺たちが守るコートへ入ってしまった。俺の打つサーブが高く上がりすぎてしまったのが原因なんだけども。


「うへぇ……まじかよ。小日向、今の返せそう?」


 というか元バドミントン部はチャラ男さんのはずだろう? もしかしなくともこの人も上手い感じなのか? バドミントン部ではなくても、テニス部とか似たような部活に所属していたのかもしれない。


 顔を引きつらせながら小日向に問うと、彼女はコクリと頷き、親指をニョキっと立てる。どうやら自信は十分あるようだ。頼りになるなぁ。


 さて、次はチャラ男がサーブを打つ順番だ。バドミントンはルール上、サーブを下から打たないといけないらしいから、いきなり難しい球が飛んでくることはないだろう。


「いくよーっ!」


 ご丁寧に合図をしながら、チャラ男はシャトルを下から上に打ち上げる。

 こちらのコートにゆるやかに落下してきたシャトルを、小日向はハエでも叩くかのようにペシッと打ち返した。それは運よくネットの上部に引っかかり、ポトリと相手コートに落ちる。なんか静かな終わりかただな。


「おぉっ! ラッキーだねぇ。これは仕方ないや」


 チャラ男がニコニコしながら肩を竦める。そして慣れた様子でシャトルをラケットで拾った。いいなアレ。俺もやりたい。どこかに飛んでいく未来しか見えないが。


「これで同点だな」


「…………(コクコクコク)」


 俺に頭を撫でられながら、小日向は三度ほど頷く。可愛い。


「君たち本当に仲が良いんだねぇ。何だか奢ることに対しての罪悪感が凄いことになってきたんだけど」


 苦笑しながらそう言うチャラ男に、俺は「何を勝った気でいるんですか」と軽口を叩く。まぁ俺が勝てなくてもこれはチーム戦だし、小日向がなんとかしてくれそうな気がする。


 男らしくないとかそういう発言は控えてもらおうか。




 勝った。


「勝っちゃったな……」


 まさか本当に勝てるとは思わなかったが、結果から言えば七対十一で俺たちの勝利。相手の凡ミスを除き、ほぼ全ての得点を小日向のネットインが獲得する結果となった。


 最初は俺も、そしておそらく相手チームも小日向のネットインを「運が良い」と思っていたけど、二発目、三発目になる頃には「これ、運じゃないのでは?」と思い始めた。


 気になって小日向に「あれ、狙ってんの?」と聞いてみたら、無言でニヤリ。やっぱり小日向さん凄いっす。


 まぁそれを抜きにしても、チャラ男&ゴツ男ペアは俺たちに対して手加減をしてくれていたのだろう。俺でも返しやすいような球を打ってくれていたし。


 負けたのにも関わらずすがすがしい表情の二人と別れ(なぜか熊のお面を付けた女子高生らしき二人組に連れていかれてた)、俺たちはベンチで休憩中。


 小日向は俺が買ってあげたスポーツドリンク――『アポカリプス』を両手に持ってコクコクと喉に流し込んでいた。


 なぜペットボトル飲料を飲んでいるだけでこうも可愛いのだろうか……。簡単な作業を必死になっている感じがあるから、かな? なんなくハムスターが給水器にかぶりついている姿が脳裏に浮かぶ。


「慌てて飲まなくていいからな」


 彼女の喉が上下に動くのを眺めながらそう言うと、彼女はペットボトルから口を離し、ほっと一息つく。口元を袖で雑にごしごしと拭いてから、ペットボトルを俺に差し出してくる。


 これは……アレか。


 女子の方は全然意識してないけど、男だけが意識しちゃってしまうという噂の間接キスというやつではないか? 漫画で見たことあるぞこの展開。


 ペットボトルから口を離して飲むことも容易ではあるが、それは彼女との間接キスを嫌がっているように見えてしまう可能性が高い。


 とりあえず受け取るだけは受けっとって、考えるのは後回しに――、


「あ、あぁ、ありが――んぶっ」


 そう思ったのだが、彼女は「隙ありっ!」とでも言うような雰囲気で、俺の口にペットボトルを差し込んでくる。ちょっと歯に当たったんだが。


 そのまま小日向にペットボトルを傾けられ、俺は無理やりアポカリプスを喉に流し込まれる。


「んーっ! んーーっ!」


 手でストップと言う意思をジェスチャーで示すと、小日向は満足した様子にふすーと鼻息を鳴らして、ペットボトルをひっこめてくれた。


「びっくりするわ! そんなことされなくてもちゃんと飲めるから!」


 俺の抗議する声は受け流し、小日向は自分の口元に手を当てて、ニンマリと笑顔を作る。ここで注意してもらいたいのは、ニッコリではなく、ニンマリであること。


 間接キスが嬉しいとかそういう感じじゃなくて、「嬉しい?」みたいな雰囲気がひしひしとその表情から伝わってくるのだ。


 小日向さんや……あなた最近天使より小悪魔率のほうが高くなってきてませんかねぇ。

 

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