第16話 昼休み、中庭にて
小日向や冴島との距離が縮まったように感じた金曜日。
そして喫茶店でのバイトに精を出した土日を経て、再び月曜日がやってきた。
色々思うことがあった金曜日は、帰り際に小日向の姉である静香さんから連絡先を聞かれるというハプニングで幕を閉じた。
しかし連絡先を聞かれはしたけれど、こちらから連絡はしていないし相手からチャットがくることもなかったので、アドレス帳に一つ名前が増えたこと以外、何も変化はない。
おそらく万が一のための連絡先――という意図があるのだと思う。
俺としてはクラスメイトである小日向よりも先に、姉の静香さんの連絡先をゲットしてしまったことに複雑な感情を抱いているわけなのだが……はたして小日向はこのことを知っているのだろうか? なんとなく聞きづらい。
「へぇー……じゃあ智樹としてはあの子の連絡先をゲットしたいわけだ」
朝のHR前。俺が景一に金曜日にあった出来事を説明し終えると、なぜかそんな憶測が飛び出してきた。教室であることを加味してきちんと小日向の名前を出さないあたり、冷静であるとは思うのだが。
「どうしてそうなる」
「だってお姉さんだけじゃ不満ってことだろ? 家にも入れてくれるぐらい仲が良いんだったら、連絡先ぐらい普通だと思うけど」
ちなみに、景一には小日向家の詳しい事情や、俺の恥ずかしい発言については伏せてある。
勝手に話していいような内容じゃないし、発言に関してはからかわれるのが目に見えているから。
「家に入れてくれたのは小日向の意思じゃないぞ。まぁ、なんだ。不満というか変な感じだなぁってだけだよ」
たしかに俺は小日向と親しくありたいとは思っている。
だが俺は一晩悩んだすえ、これはきっと保護欲に似たようなものだと結論付けていた。
そりゃ小日向は可愛いし、見ていて癒されるし、話をしていて落ち着く。
だけどこれは恋愛感情とかじゃなくて、自分の娘とか、妹とかに抱く感情と類似性があるものに違いない。もちろん娘も妹もいなければ、恋愛感情もよくわかっていないので憶測ではあるのだけど。
「ふーん。まぁ、今はそれでもいいか――っと、噂をすればってやつだ」
景一はそういいながら、顎で教室の前方を差す。その方向へ目を向けてみると、小日向がテコテコといつも通りの無表情で入室し、クラスメイトたちから「おはよう」と挨拶をされているところだった。
今日も可愛いね。――とか。
転んだりしてない? ――とか。
ちゃんと宿題やってきた? ――とか。
小日向を精一杯甘やかそうとしているような、そんな声がたくさん聞こえてくる。
クラスメイトたちの気持ちは痛いほどわかる――なんといっても小日向は愛らしいからな。
だけどそれに対し、俺や景一を含むクラスメイトの中で、いったいどれくらいの人数が小日向のことをきちんと理解しているのだろうか?
彼女が本当は甘えん坊だということや、父親を失い、しっかりしようとしていることを。
姉の静香さんでさえ不確かな物言いだったことを考えると、可能性があるのはせいぜい冴島ぐらいだろう。
「ちっちゃな身体で、あいつも頑張ってんだなぁ」
周囲の男女に向かってコクコクと頷く小日向の後姿を眺めながら、ぽつりと呟く。
もし可能なら、小日向をただ甘やかすだけの人間ではなく、彼女が甘えたくなるような人間になりたい――俺は彼女が頷くのを見ながら、そんなことを思ったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「というわけで智樹、中庭に行こうぜ!」
「お前は本当に急だな……まぁ、別にどこで食べてもいいけどさ」
昼休み、鞄から自作のおにぎりを取りだそうとしたところで、景一が唐突にそんなことを言ってきた。こいつはいつも通り菓子パンらしい。
昼休みの中庭は人気スポットであり、真冬や真夏を除けば人が多いのが普通だ。
だが新参者の一年生たちの数は、この時期だとまだ少ない。俺たちの代だと、ゴールデンウィーク明けぐらいから中庭に参入していた記憶がある。それまではわりと空いているはずだ。
迷いなく足を進める景一の横を歩いていると、前方に見知った顔があるのに気が付いた。
「あ、冴島だ」
以前小日向が蟻の行列を眺めていた木陰の付近で、バサバサとレジャーシートを広げようとしている冴島がいた。
そういえば中庭で昼食をとる女子は、だいたいレジャーシートを持参しているよなぁ。
芝生だから男どもは基本的にそのまま地べたに座るけど。そして通学バッグをテーブル代わりにするのが一般的である。
「お待たせ~、おお、シート大きいな」
冴島に近寄っていき、景一が声を掛ける。おい、『お待たせ』ってなんだ。
「杉野くんも唐草くんもやっほ~! 二人用なら学校に置いてたんだけどね、四人じゃ狭いと思うから、せっかくだし休みの日に明日香と買ってきちゃいました!」
「え? わざわざ買ったの? 俺たちもお金だそうか?」
「いいよいいよ~、ちょうどボロボロになってたし、買い替えるつもりだったんだ。それに半分に折れば、今まで通り二人用としても使えるからね!」
えへへ、とはにかみながら景一と話す冴島。
またあれか、俺だけをのけものにして計画を練っていたというやつか。
しかし教室で小日向や冴島の名前を出さないようにしていた意味が無くなってしまった。中庭で一緒にご飯を食べていれば、その光景を誰が目にしてもおかしくない。
別にどうしても隠し通したいってわけじゃなかったけれど、こうなったからには多少のやっかみは受け入れる覚悟をしておくべきだろうな。
「…………あのなぁ。家で一緒にゲームしたぐらいなんだから、昼休みに一緒にメシ食べるぐらいでいまさら断らねぇよ。だから唐突にイベントを起こすのはやめろ」
「いやこれはただ単に智樹のビックリするところが見た痛い痛い痛い! こめかみぐりぐりは痛い!」
景一に体罰という名の指導を行っていると、背後から制服の裾をツンツンと引っ張られた。振り向かずとも、誰がやっているのかはすぐにわかる。
――案の定、顔を後ろに向けてみると、そこには見慣れたつむじがあった。
景一の頭から手を離し――「ぐふっ」――小日向がいる方向へと身体を向ける。
「よ、小日向」
こちらを上目遣いで見上げてきた小日向に対し、俺は軽い挨拶をした。
静香さんが言っていた、小日向の表情が戻ってきている――という話。
俺にチラチラと視線を向ける彼女が少し恥ずかしそうに見えるのはつまり、良い傾向ということなのだろうか。
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