第17話 むずむず、ふすー




 二年生と三年生によって賑わいを見せる中庭の一角で、俺たちはそれぞれ持参した昼ご飯を食べることになった。


 それぞれの食事の内容は――俺がおにぎり、景一は菓子パン、小日向と冴島はマイ弁当だ。冴島が用意してくれたレジャーシートの四隅に、俺たちはそれぞれ腰を下ろしている。


「人目は気にしないことにしよう。飯がまずくなる」


 俺はシャケ入りのおにぎりを片手に持ち、周囲を見渡しながらそう口にした。


「って言いながらも気にしてるじゃん。――大丈夫大丈夫、小日向はたしかに人気者かもしれないけど、智樹が警戒するようなことはないんじゃない? 漫画じゃあるまいし、『小日向に近づくとは許せん!』みたいなことはないだろ~」


「それを目の前の女子に言ってみろ」


 カラッとした楽観的な口調で言う景一に対し、俺は正面に行儀よく座る冴島に視線を向けながらそう答えた。

 すると話を振られた冴島は、「ははは……」と顔を引きつらせながら乾いた笑いを零す。


「その節は大変申し訳ございませんでした――というか、杉野くんや唐草くんよりも、あたしの方がやばいかも。だって唐草くん、現役のモデルだし」


 たしかに、言われてみればそうだな。


 俺はこいつの恋愛事情に深く突っ込みはしないし、景一からも話してこようとはしない。だが、かなりの数の告白を断った――というのは本人に聞いたことがある。

 ヘラヘラとしているけど、こいつがモテるのは誰の目にも明らかだしな。


「あぁ……だから思ったよりも嫌な視線を感じないのかもな。景一と小日向なら同じぐらい有名だろうし、周囲はそれで納得しているのかも」


 だからおそらく、この二人は問題ない。

 そして天真爛漫で社交性が高く、さらに容姿の良い冴島も大丈夫だと思う。

 だが、悪い噂が流れている冴えない顔の俺がここに混じっていて本当にいいのだろうか……? 場違いすぎない?


 改めて自分のスペックの低さに絶望していると、景一が頬張っていた菓子パンを胃に流し込んで、わりと真面目な表情で口を開く。


「別にさ、周りになんと言われようがなんと思われようが、別によくね? 俺たちの中で問題なければそれでいいじゃん。ひがみで嫌なことを言う奴とか、別に仲良くなりたいと思わないし」


 景一はバッサリと切り捨てるようにそう言うと、再度菓子パンを口に頬張る。クリームが口の端に付着しているのは黙っているべきだろうか。放課後ぐらいに教えてあげよう。


 しかしこいつは本当に……強くなったよなぁ。小学校の頃の泣き虫だった景一はいったいどこへ行ったのやら。


「――それもそうだな。だけど、小日向や冴島はなにかあったら相談してくれよ。悪評がある俺と一緒にいるんだ、わけのわからんことを言い出すやつがいるかもしれないし」


 景一と比べると、自分で言っておきながら悲しくなる現実だ。泣きたい。

 情けない声のトーンでそんなことを言った俺に対し、


「あははっ、それこそ気にしないでよ。それに、少なくともE組の人たちは大丈夫だからね! それとなく『智樹くんの噂は全部嘘情報だった~』って伝えてるから」


「C組もだな。高田がちょこちょこ誤解を解いているのを聞くし、女子も俺に聞いてきたりするから」


 冴島と景一がそんなことを言う。

 C組の件は俺も目にすることがあるからともかく……冴島、自分のクラスでそんなことをしていたのか。全然知らなかった。


「そこまでしてくれていたのか冴島は……ありがとな」


「いえいえ~、きっかけこそ良くなかったけど、あたしは唐草くんや杉野くんと知り合えて良かったと思ってるよ! 二人とも面白いし! それにしても、昨日の子作りラッシュは最高だったよね!」


「おい! その話題を掘り返すんじゃない! 精神的ダメージを受けるのは俺だけじゃないんだぞ!」


 そう言って、真っ赤なタコさんウィンナーを持ち前の小さな口に入れようとしていた小日向を見る。彼女は小さくまん丸に開けた口をゆっくりと閉じて、ウィンナーを弁当箱に戻した。


 それからおもむろに手を伸ばして、ぺチ――と、俺の膝を叩く。


「えぇ!? 今の俺が悪いの!? 理不尽じゃね!?」


 思わず抗議の言葉を発すると、ぷいっと小日向は俺から顔を逸らしてしまった。

 怒っているのか照れ隠しなのかはハッキリしないけど、可愛いことだけは間違いない。





 全員が昼食を食べ終えて、残りの休み時間をレジャーシートの上で過ごしていると、事件は起こった。


「――それでねそれでね、それ以来先輩たちったら明日香のことめちゃくちゃ可愛がってるのよ。まぁ明日香の可愛さは誰にでも伝わるものだと思うし、そのうち今の一年生にも広がっていくんじゃないかな」


 事件――というのも大袈裟なのだが、冴島トークが凄まじい。本当によく喋る。


 俺は別に口を挟もうとしていないから、話を聞いてもらえないわけではないし、彼女の話は意見の押しつけでもなければ攻撃するような内容でもない。


 だから比較的大丈夫と言えば大丈夫なのだが、少し背筋がぞわぞわとしてしまった。

 いちおう景一は俺のことを気に掛けてくれているようだが、おそらくこれも苦手克服の一環なのだろう、特に介入する気配はない。


 リハビリ――これはリハビリなんだ。


 そう心に言い聞かせながら、上の空で冴島の話を耳に入れていると――、


「それで――むぐっ」


 何の前触れもなく、冴島の隣に座っていた小日向が、喋り続ける彼女の口を塞いだ。


 もごもごと小日向の手に向けて何かを言っている冴島。目を見開き、驚いた表情を浮かべている。

 だが、俺にチラッと目を向けると、瞬く間に主人に叱られた子犬のようなシュンとした表情に変わっていった。


 そして冴島は、小日向の手が外れたところで俺に向かって勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい、喋りすぎました」


「……いや、気にしないでくれ。冴島が悪いんじゃなくて、これは俺の体質の問題だし」


 俺が苦笑しながらそう言うと、景一も明るい口調で乗っかってくる。


「そうそう、俺もわかっていて止めなかったからな。だけどそろそろ無理そうだったし、小日向が止めてくれたのはナイスだったぞ」


 そう――そうなのだ。俺は何よりも、小日向が行動に出たことに驚いていた。


 冴島の軽快なトークが止まったのは、彼女が自ら制御したわけでもなく、景一が止めに入ったわけでもなく、小日向が口を塞いだからだった。


 どうやら彼女は、前に俺が『口を塞ぐくらいできるだろ』と言ったことを、しっかりと覚えてくれていたらしい。


 俺は静かに深呼吸を繰り返したあと、小日向にお礼の言葉を言った。


「ありがとな小日向。おかげでこの通り、俺は平気だ」


 体調は万全とまではいかないけど、普通に笑いかけられるぐらいはできる。

 小日向は俺の言葉を聞いて、首を大きく縦に振り、鼻から可愛らしく「ふすー」と息を吐き出した。


 そしてそれから、よくわからない動きをしはじめた。


「………………ど、どうした小日向?」


 もぞもぞと身体を動かし、俺がいる方へ頭を傾けたかと思うと、我に返ったように定位置に戻る。そして鼻からふすー。そしてまたもぞもぞと身体を動かしはじめ、頭を傾け、定位置に戻り、ふすーと息を吐く。


 それを何度も繰り返していた。まことに申し訳ないが、まったく意味がわからない。


 景一は面白いものを見るように小日向を見ていて、冴島は小日向の行動の意味を理解したように、優しい顔で笑う。


 冴島にこの行動の意味を聞きたいけれど、それ以上に今はじっくりとこの可愛い生物を眺めていたい。

 俺はそんなこと思うのだった。




―――作者あとがき―――


小日向さんの新たな必殺技……『むずむず、ふすー』

これは頭突きへつながる動作なのか――?




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