第76話 智樹は私の



「おはよ杉野」


「おはよ~」


 月曜日。登校して後方の扉から教室に入るなり、クラスの女子二人から挨拶をされた。

 たまたま目が合い、その場しのぎな感じで挨拶をすることはこれまでにもあったけど、今日はなぜか俺が彼女たちに目を向ける前に声を掛けられた。珍しい。


「おはよう、鳴海、黒崎」


 自分の席に鞄を置きながら挨拶すると、教室の中心付近で話をしていた彼女たちはこちらに寄ってくる。どうやらまだ景一も小日向もいないらしく、俺に味方がいない。いや別に彼女たちは敵でもなんでもないんですけどね。


「それにしてもウチらの名前しっかり覚えてくれてんだね」


「そりゃ同じクラスだしな」


 残念ながら下の名前までは知らないけど。


 鳴海は髪を高い位置で一つ結びにしている――いわゆるポニーテールのような髪型で、確か運動部に所属していたはず。たしか陸上部とかだっけな? ハキハキと喋る印象があるけど、それはうるさいと同義ではなく、特別苦手に思ったりしているわけではない。


 そして黒崎は、鳴海と対になるような穏やかな雰囲気を持っている。

 ふわふわと緩やかにパーマが掛かっているダークブラウンの髪が、彼女の持つ空気感をさらにパワーアップしている感じだ。なんとなく、良い香りのしそうな女子である。


 そしてこの二人……俺はクラスの女子の中でも、彼女たち二人のことは特によく目にしている。まぁ小日向の次にだけども。


 俺が椅子に腰を下ろすと、彼女たちは流れるような動作で付近の椅子を使って同じように座った。どうやらお話をすることになりそうな雰囲気である。


 めちゃくちゃに喋られるのは勘弁願いたいなぁと思いながら、若干警戒しつつ二人を見ていると、鳴海が「大丈夫大丈夫」と笑いながら言った。


「ウチら高田と唐草から聞いたから知ってるよ。なんか嘘っぱちの噂が流れてるってことと、女子が苦手ってこと。あまりいっぱい話さなかったら別に平気なんだよね?」


「まぁそうだな。最近は治りつつあるんだけど、やっぱりまだ少し緊張する。気を悪くしないでくれたら嬉しい」


「気にしないで大丈夫だよ~。その治りつつあるっていうのは、やっぱり小日向ちゃんの影響なのかな?」


 黒崎が実に楽しそうな表情で問いかけてくる。隣の鳴海も興味津々といった様子だ。


 そう、この二人。俺が彼女たちのことをよく目にするのは、よく小日向に話しかけているからだ。だから必然的に、俺の視界にも入ってくる。――べ、べつに休み時間も授業中も小日向ばかり見ているわけじゃないんだからなっ!


 ……いったい俺は誰に言い訳をしているんだろう。


「俺のこと景一たちから聞いたなら、なんとなくわかってるだろ? 小日向は喋らないからさ、俺にとっては一番話しやすい女子なんだよ」


 運命だと言ってしまいたいところだけど、恥ずかしいのでもちろん言わない。


「小日向ちゃんって杉野の前でも喋らないんだ?」


「あぁ。まだ俺も声を聞いたことはないな。家族ともほとんど話していないって聞いたな――仲は普通に良いみたいだけど」


「へぇ~そうなんだ」


 そんな風に、俺たちはこの場にいないウサギ天使についての話題で盛り上がる。

 ほぼ俺が彼女たちの質問に答えているだけなのだが、どうやら鳴海と黒崎は俺と小日向の関係がとても気になっているようで、何気ない回答でもウキウキした様子で耳を傾けていた。


 そして俺に気を遣ってくれており、彼女たちのどちらかが喋ると、次は俺のターンとなる。二人が連続で話し出すようなことはなかった。そこまで気にしなくてもいいのだけど、俺としては気が楽だ。安心して会話ができる。


 そして小日向が小指をニギニギしていることについて、俺の感想を聞かれそうになっているところで、景一が教室に入ってきた。


「おはよ景一」


「おはよう唐草」


「おはよ~」


 三人で挨拶をすると、イケメンは「珍しいメンツだが納得のいくメンツだ」とニヤニヤとしながら口にした。小日向関係の集まりだと理解しているのだろう。


 俺が「何を朝っぱらからニヤついてんだ」とツッコみを入れていると、話題の小日向も教室へと参上。テコテコと色々なクラスメイトと挨拶を交わしながら自分の席へ向かい――途中で俺と目が合った。


 そして彼女は、俺の前にいる女子二人に目を向ける。通常より目がやや大きく開いていて、キョトンとしたような表情を浮かべていた。


 それからなぜか不満そうな表情を浮かべた小日向は、鞄を自分の机の上に置くなり、周囲の声を無視してやや早歩きで俺たちの――いや、俺の元へと歩いてくる。


 鳴海と黒崎が近づいてきた小日向に「おはよう」と挨拶をするが、ウサギさんは返事をするよりも足を動かすことを優先。そして俺と机の間に無理やり身体をねじ込んできた。


「お、おぉ? どうした?」


 彼女の身体が押しつぶされないよう、慌てて身体とともに椅子を後ろに引くと、彼女は「隙あり!」とでも言うようにすぐさま俺の膝の上にポスンと小さなお尻をのせてくる。


 いや、「ふすー」じゃなくてですね。ここ、家ではなくて学校なんですが。


 俺が小日向の謎の行動に疑問符を思い浮かべていると、黒崎がニコニコと笑顔を浮かべて口を開く。


「ふふっ、私たちは杉野くんをとったりしないよ~」


 ……ん? 俺をとったりしない……?

 俺が女子二人と話していたから、小日向が嫉妬しているって黒崎は言いたいのか? 小日向が嫉妬とか……そんなことある?


「あぁそういうこと――。小日向ちゃん、ウチら杉野と小日向ちゃんのラブラブっぷりを聞いていただけだから、心配しないでね」


 鳴海の方も黒崎の意見に納得したようで、小日向に優しく声を掛けていた。

 というかそこ、ラブラブとかいうな。嬉しいけど照れるだろ。


 まあ小日向をこうして膝の上に乗せている時点で、何を言っても無駄になりそうな気はするんだけども。バカップルと言われても反論しづらい状況である。


「お前らは相変わらずだなぁ」


「うるせぇ。文句があるなら小日向に言え」


 俺はこのとてつもなく可愛い生き物を膝から引きずり下ろせるほど、強靭な自制心を持ち合わせていないんでな。


 

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