第179話 すぴーすぴー
「お前たちがここでいくら乳繰り合おうと構わない――と言いたいところだが、絶対にこの部屋の外でやるなよ? ここの病床は数が限られているんだからな……まぁあいつらは自分で何とかしてしまうから必要ない気もするが」
衝立の外側から、そんな養護教諭の熱がこもった言葉が聞こえてきた。
おそらくというかほぼ確実に、彼女はKCCたちのことを言っているんだろうなぁ。会長を筆頭に、あいつらは保健室の利用回数が尋常じゃなさそうだし。小日向が原因で。
養護教諭にはとりあえず「別に乳繰り合ってないですから」と否定の返事をしてから、俺は身体を起こしていた小日向をベッドに寝かせる。頭と身体を支えながらゆっくりと寝かせたのだけど、実に嬉しそうにふすふすしていた。乙女だな。
「一回ぐらい仮眠しとくか? 別にその間にどっかにいったりするつもりはないから、安心して寝ていいぞ」
「…………(ぶんぶん)」
「あまり眠くない感じ?」
「…………(コクコク)」
「そうかぁ、じゃあさっき言った通り物語を読もうか?」
「…………(コクコク)」
「自分で提案しておきながらこういうのもアレだけど、別に朗読が得意ってわけじゃないからな? そんなに期待しないでくれよ」
『智樹の声好き』
「さいですか」
ストレートすぎる物言いに照れくさくなって、俺は苦笑してから彼女の頭を撫でる。なにかしら身体を動かしていないとむずむずしてしまいそうなのだ。相変わらず純粋すぎる好意はなれないな。
俺の手のひらからマイナスイオンでも出ているのかと疑いたくなるほど、癒された表情を浮かべる小日向。やっぱり少しおでこは熱い気がする。
俺の朗読が子守歌代わりになって、眠りに落ちてくれたら安心できるんだけどなぁ。
三作品の童話を読み終えたのち、担任の松井先生が持ってきてくれた昼食を二人で食べて(小日向はゼリーやうどんなど、消化に良さそうな物を食べていた)、現在は食後に温かい飲み物を飲みながら一息ついているところである。
「おめめパッチリですね」
「…………(コクコク)」
お前本当に熱あんのかよ――と疑いたくなるほど、小日向は楽しそうに俺が朗読する童話を聞いてくれた。いつも通り声は発しないものの、表情筋をフル活用してその時の感情を俺に伝えてくれる。非常に可愛かった。
そろそろ体力を回復させるという意味でも寝たほうがいいと思うのだけど、なんだかこのまま朗読を続けても永遠に彼女は寝ない気がする。
もしかしたら俺がこの場にいる限り彼女が睡眠をとることはないのではなかろうか。だからと言って俺がこの部屋から退出すると、間違いなくうさぎさんはお怒りになられるだろう。
昼食中に頭を働かせて、俺はひとつの妙案を思いついた。
「よし、期末試験に向けて勉強でもするか」
勉強嫌いな小日向ならば、現実逃避の為に夢の世界へ旅立つだろうと思ったのだ。面白おかしく話すこともせず、ただ淡々と数学の公式や日本史の年表を読み上げれば、たぶん彼女は即座に寝る。
修学旅行中に勉強をさせるのは可哀想な気もするけれど、彼女のためだと思って俺は心を鬼にすることにした。
「…………(ぶんぶん!)」
「そんなに頭揺らすなよ――頭が痛い痛いになるぞ?」
『お勉強しない』
「します」
『パワハラだ』
「違います」
『セクハラなら可』
「可じゃないからな? それお前の願望も入っているだろうが」
少し気持ちが揺らいでしまったことは、もちろん小日向には言わないでおく。だって好きな女子から「セクハラオッケー」なんて言われてなにも思わない思春期男子がいるはずがないだろう? つまり心が揺らいでしまうのは不可抗力なのである。
まぁそれはいつかの日の為にしっかり記憶しておくことにして、だ。
スマホを使って勉強に使えそうなウェブのページを捜索していると、小日向は俺に背を向けて、ごろりと反対側を向いてしまった。
「…………すぴーすぴー」
そして、わざとらしすぎる寝息もどきを口で奏で始めた。それで誤魔化せると思ってんのかこのうさぎさんは。
「はい、じゃあ年表のお勉強から始めまーす」
「…………すぴーすぴー」
そんな感じで、すぴすぴ言っている小日向に向けて俺は年表の読み上げを開始したのだった。
五分で寝た。
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