第28話 違和感
小日向と二人で過ごした日の翌日。
珍しく朝から冴島が小日向と一緒に二年C組の教室へとやってきた。
冴島は同級生との挨拶も簡単に済ませて、俺や景一がいる教室の後方へずんずんと歩みを進めてくる。顔面に『好奇心』と書いていそうな、とてもわかりやすい表情をしていた。
クラスメイトに挨拶されながらも冴島の後ろに引っ付いてきている小日向は、少しオロオロとしており、級友たちは俺と小日向を交互に見てから、温かいまなざしを向けてきていた。
おい! いますぐ止めろ! その『朝からお熱いですねぇ』みたいな顔! 特定食奢らせるぞ!
「おはよう杉野くん、唐草くん。――で、明日香に聞いたら何もなかったって言うんだけど、反応を見る限り絶対そうじゃないんだよね! 実際のところどうなの!? あ、もちろん言いたくない内容だったら言わなくていいからね!」
周囲には聞こえないようなこそこそとした喋り方で、冴島が話しかけてくる。
強烈な早口にうんざりしていると、俺と冴島の間にすっと手の平が上から振り下ろされた。景一だ。
「はいストップ。気持ちはわかるが、ちょっと落ち着けよ冴島。智樹も改善しつつあるとはいえ、まだ苦手なのは変わってないんだから」
「あぁっ! ごめんね杉野くん!」
冴島は両手を合わせ、冴島が目を瞑り謝罪の言葉を口にする。小日向も彼女の背中をぺシリと叩いていた。
「謝るまではないんだけど……まぁ、一気にしゃべらないでくれると助かる」
苦笑しながらそう答えると、彼女はほっとした様子で胸に手を当てた。
「――で、親友の俺には『ゲームして映画見ただけ』とか言っていた智樹くんよ。これはどういうことかね?」
ニヤニヤと、先ほどまでの友人を守る善良ムーブはすっかりと成りを潜めてしまい、からかいに特化した表情で景一が問いかけてくる。
チラッと小日向を見ると、勢いよくブンブンと顔を横に振りはじめた。とてつもない勢いと回数で、気分が悪くならないだろうかと心配になるレベルだ。これは間違いなく、例の膝枕で熟睡事件は言わないでくれ――ということだろう。顔が赤いのは首振りのせいか、はたまた恥ずかしさのせいか……。
「何もないって。な、小日向」
景一に質問に答えつつ、小日向に話を振ると、彼女はコクコクコクコクと頷く。
俺も他人事じゃないのだけど、彼女のその必死さを見ると、どうしても「可愛い」という感想が浮かんでしまう。
「……まぁ小日向を見る限り、何かあったってのは間違いなさそうだなぁ。続きは昼休みにするか」
「そうだね。教室だと話しづらいだけなのかもしれないし」
景一と冴島がうんうんと頷きながら、勝手に話を進めていく。再度「何もないからな」と言ってみたものの、景一たちは「はいはい」とまったく取り合う様子がない。さすがに隠しごとをしているのはバレてしまっているようだ。
自分の教室へと帰っていく冴島の後姿を見送りながら、俺は静かにため息を吐く。
「……やれやれ。というか小日向、隠しごと苦手すぎないか?」
表情だけみると分かりづらいのかもしれないけど、動作があからさますぎる。
そういえば前に静香さんが、以前の小日向は無口ながらも喜怒哀楽はハッキリしていた――とか言っていたっけ? それってまさか、隠しごとが苦手って意味も含まれてるのか?
俺の言葉を受けて、小日向は抗議をするようにぺチぺチと俺の肩を叩く。拗ねている表情に見えないこともない。
「まぁそれも小日向らしくていいのかもな」
ひとまず適当な結論を持ってきて、話を収束させることにした。
無口で無表情の印象を持っていた小日向に対し、なぜ俺は彼女の感情が分かりやすいことを『らしい』と思ったのかは……わからない。きっと、俺の中でも彼女のイメージがまだ定まっていないからなのだろう。
変化していく小日向の印象――だが、これから彼女が表情を取り戻したり、感情表現がさらに豊かになったとしてもきっとこれだけは変わらない――というモノもある。
「………………」
俺の言葉に照れてしまったのか、小日向は顔を俯かせて自分の制服の裾を弄っている。それから足をちょこんと動かして、俺の上履きをつついたりしていた。
動作のひとつひとつが一般の高校生とは少しずれている気もするが、全く悪い気はしない。
小日向は可愛い――これはきっと不変の事実なのだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
昼休みがやってきて、俺たちはいつも通り中庭に集まった。
移動中にクラスメイトから小日向との関係をからかわれたりするハプニングはあったものの、俺と小日向は付き合ったりしているわけではないし、彼らは小日向が俺の家に来たなんて事実は知らないから、せいぜいおそろいのキーホルダーについての話題が関の山である。
昼食中は昼食中で、景一たちに質問攻めにされるんだろうなぁ、なんてことを考えていたのだが……。
「あきらかに変だよな」
俺は周囲から向けられる視線の数に、違和感を覚えていた。気にしないようにしていたのだが、さすがにこの量は無視できないレベルである。
そしてその視線は、クラスメイトたちから向けられるような生温かいものでもなく、別クラスから向けられる好奇心の類でもない気がする。なぜなら視線を向けてくる人たちには、笑みのカケラもないからだ。俺が目を向けると、サッと視線を逸らされてしまった。
「俺や冴島、小日向でもなく――智樹が観察されてるって感じだなぁ。しかもあれ、三年の先輩たちだぜ? さらにいうと女子ばっかり」
景一曰く、俺を観察している人物は三年の先輩らしい。こいつの中でもこの状況は異常に思えたのだろう――昨日の話題を引っ張りだそうとはしてこなかった。
「面倒だな……またどこかから噂が流れたか」
以前、景一や冴島が偽の悪評を正してくれているとは聞いていたけど、それはあくまで二年生の話だ。他学年は当然範囲外である。
「冴島みたいな呼び出しを受けないことを祈るしかないな……さすがに三年の先輩は無視できそうにないし」
これが女子でなく男子の先輩だったならどんなに良かっただろう。やっぱり厄払いに行くべきなのか? それとも日頃の俺の行動を見直すべきか?
「もしもそうなっちゃった時は、あたしたちも一緒に行くよ!」
「そうだな、俺もそれがいいと思う。というか、まだそうなると決まったわけじゃないけどな」
景一は明るい調子でそんなことを言うが、俺にはどうしてもそう簡単に収まってくれる問題とは思えなかった。俺の中の第六感的なやつがそう言っている気がする。
俺はもう一度周囲をぐるっと見渡してから、盛大にため息を漏らした。
そして、俺の顔を見ながら不安げな表情を浮かべている小日向に言う。
「……ま、小日向は気にするなよ」
しかし彼女は俺の言葉に対し、首を縦にも横にも振ることはなかった。
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