第192話 修学旅行の写真
修学旅行が終わって数日。
水曜日になると、ようやく学校の渡り廊下に修学旅行の時に撮影された写真が張り出された。写真の枚数はかなりのもので、パッと見た感じ千枚近くの写真が並べられている。
朝にちらっと見に行ったときは人がごった返していたので早々に退散し、昼休みに小日向や景一たちと見に行ったのだけれども、朝以上の人がいたのでこれまた退散。
結局、人の数がまだマシな放課後に出向くことになった。
「クラスごとに分けてくれてるんだな。わかりやすい」
放課後になって、別クラスの冴島と合流してから俺たち四人は写真が張り出されている渡り廊下へと向かった。朝や昼休みと比べると人の数は減っているけど、それでもこの学食へ続くこの道は普段ではありえないほどの賑わいを見せていた。
写真は今週いっぱいずっと置いているらしいので、人混みを避けるのであれば最終日あたりに行くのが最善だとは思うけれど、俺たち全員、早く写真が見たいという意見が一致していたので、今日こうしてやってきたわけだ。
「C組は奥のほうみたいだねーっ! 変な顔とか撮られたりしてたらやだなぁ」
「あまりにひどい写真は載せてないんじゃねぇの?」
「でも見たい気持ちもある!」
前を歩く二人の会話を耳にいれながら、俺は隣を歩く小日向の顔を見てみる。彼女はきょろきょろと色々なところに視線を彷徨わせながらも、興奮を示すように俺の小指をニギニギしていた。可愛い。
「思い出になるようないい写真があればいいな」
俺がそう声を掛けると、小日向はこちらを見上げてコクコクと頷く。そして立ち止まってスマホを操作し、画面をこちらに見せてきた。
『来年のカレンダーにしたい』
「わかる。俺も実はそう考えてたんだよ」
『智樹とのツーショット探す』
「あはは……それは写真の数からして結構難しいんじゃないかなぁ。生徒数から考えて、一人あたり二、三枚だろ? 班とかの写真がほとんどだろうし――もし運よくそんな都合のいい写真があれば、もちろん買うよ」
『一緒にカレンダーにしよ』
「うっ……それはちょっと恥ずかしいというかなんというか……」
『智樹、なんでもするって言った』
「はいはい……相変わらず万能だなその言葉」
そんなわけで、ツーショットの写真が見つかればカレンダーにすることになった。恥ずかしい気持ちはあるけれど、小日向と二人で写っている写真があったらいいなぁ。
ふざけんな。
「特設コーナーってなんだよ……こんなに優遇して他の生徒は誰も文句言わないのか? というか俺たちは何も聞いていないんだが?」
二年C組と二年D組の間。
そこには百枚ほどの写真が貼られた特設コーナーというポップが貼られたボードがあった。その百枚のほとんどが俺と小日向のツーショットであり、ときどき景一や冴島、鳴海たちが一緒に写っているものがある。
いちおう特設コーナーの説明書きとして、文化祭のカップルコンテスト殿堂入り特典ということが書かれているけど、俺には生徒会長を筆頭とするKCCのたくらみに思えてならない。あいつら絶対ここの写真全部買う気だろ。
ちなみに景一と冴島も、カップルコンテスト優勝特典として十枚ほどのツーショット写真が掲載されていた。優勝者との差が激しすぎる。
「智樹たちは大出費になりそうだなぁ。まぁ思い出だから仕方ないよな!」
「羨ましい気持ちとそうじゃない気持ちがいい塩梅!」
特設コーナーの前で顔を引きつらせている俺に、景一と冴島がそんな風に声を掛けてくる。まぁ羞恥心があるとはいえ、ありがたいことは事実だからな。ここは素直に殿堂入り特典として喜んでおくことにしよう。
「小日向はお金足りそう?」
『お姉ちゃんが出してくれるって』
「そっか。なら心配ないな」
小日向が大量に買ったとしても、静香さんのビール代が減るぐらいだろう。彼女の健康のためにも、遠慮なく小日向には購入してもらうとしようか。
それにしても、よくここまで俺や小日向にバレることなく写真をとったもんだ。四枚か五枚はカメラマンの人が撮ってくれた記憶があるけれど、それ以外はまったくシャッターを切られたことに気付いていない。
小日向が写真の一枚を指さしてふすふすしていたので、その場所に目を向けてみる。
「あぁ……これも撮られてたのか」
小日向が人差し指を向けている写真は、小日向が息を吹きかけて冷ました牡蠣を俺が『はいあ~ん』式で食べているものだった。めちゃくちゃ恥ずかしい。俺の顔赤いじゃん。
あまりマジマジとみられるのも恥ずかしいので、小日向の意識を逸らすべく他の写真に目を向けてみる。するとすぐ近くに小日向が目を閉じてもぐもぐと食事を堪能している写真があったので、「小日向、これめちゃくちゃ可愛いな」と言って指差してみた。浴衣を着ているから、二日目の写真だな。
すると彼女は楽しそうにふすふすしながらその写真を眺め、うっとりとした笑みを浮かべる自分ではなく、その隣に座っている俺を指さす。
「…………おぅ。俺、こんな顔できるのか」
幸せそうな表情を浮かべる小日向の横には、彼女の横顔をなんとも優し気な表情で眺めている俺の姿があった。自分で言うのもアレだけど、すごく穏やかで気持ちのいい柔らかい笑顔である。
「小日向を見てる時の智樹ってだいたいこんな感じだぞ」
「うんうん! っていうか明日香を見てる時ぐらいだよね、杉野くんがこの表情をするのって。結構女子の中に『あんな笑顔向けられたい』って言っている人多いよ!」
「照れるからお世辞でも止めてくれ……あと小日向、俺は別にどこもいかないからしがみつかんでよろしい。周りを警戒する必要もないからな?」
冴島からもたらされた情報を耳にした瞬間、小日向は俺の胴体に素早く腕を回して抱き着いてきた。そして周囲をきょろきょろと厳しい目つきで見渡している。
そんな小日向を眺める俺の表情は、またあの柔らかい笑顔を浮かべているのかもしれないな。
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