第19話 杉野、に当てる



 そしてやってきてしまった日曜日。


 冷静になって考えてみれば、男友達とつるんでばかりだった俺は、女子と休日に出かけた経験なんて一度もない。


 中学のころに、景一と遊んでいたらクラスの女子に出くわした――なんてことはあったけど、最初から遊ぶ目的で集まったことはない。というか、当時の俺ならば間違いなくドタキャンしただろう。それぐらい女子に対しての苦手意識が凄かったし。


「何を着ても似合う景一が恨めしい……」


 集合場所である大型スーパーへ向かいながら、俺は隣を歩く景一にジト目を向けた。時刻は昼過ぎ――待ち合わせの一時まで十分に余裕はある。


 景一は、真っ白なパンツに空色のシャツを身に着けていた。後ろのポケットに長財布を突っ込んでいて、手荷物はなにもない。

 白のズボンなんて、スタイルが良いファッション上級者しか着ないんじゃないだろうか……? 少なくとも、俺には似合わないと断言できる。


「はっはっは! 俺はいちおうこれでお金貰ってるぐらいだからなぁ。だけど智樹も似合ってるじゃん、そんな服持ってたっけ?」


「昨日のバイト終わってからダッシュで買ってきた」


「おぉ! いつになく本気だ!」


「そういうんじゃないって……さすがに女子と出かけるのに、使い古した野暮ったい服だと嫌だしな。お前ら美男美少女の中に混じるんだから、せめて服装ぐらいはまともなものにしておきたいし」


 といっても俺の服装はそんなに凝ったものではなく、ベージュのチノパンに、胸にロゴの入った白のパーカーという、わりとありふれたモノである。マネキンが着ていた組み合わせをそのまま買ったんだから、変ってことはないだろ。


 景一はそんな俺の自虐混じりの発言を受けて、「え? 智樹の顔は別に悪くないと思うけど?」とわかりやすいお世辞を言ってきたので、鼻で笑ってやった。


 ちなみに本日は、待ち合わせ場所であるスーパーの目の前にある停留所からバスに乗り、そこからだいたい二十分ぐらい移動。行き先はボウリング場だ。


「どんな一日になることやら」


 視界に映り込んできた大型スーパーを眺めながら、俺は小さな声で呟いた。


 楽しみ半分、おっかなさ半分といったところか。

 だけどまぁ、せっかくのバイトがない休日だ。楽しまなきゃ損ってもんだろう。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 待ち合わせ場所であるスーパー前に到着し、景一と駄弁りながら待つこと十分。向かいの道路で手を大きく振る冴島の姿を見つけた。その隣には、やや大きめのキャスケット帽をかぶった小日向もいる。


 冴島は小日向と手を繋いで、小走りで横断歩道を渡ってきた。身長差のせいで同級生というよりも姉妹に見えてしまうな。


「おっ待たせーっ! 唐草くんは相変わらず何着てもカッコイイねぇ、杉野くんの私服はめちゃくちゃ新鮮だし、よく似合ってるよ! いつもの黒エプロンじゃない!」


 到着するなり、いつもの天真爛漫な様子で冴島が言ってくる。そういう彼女の服装は、デニムのハーフパンツに半そでのTシャツ。制服と比べると肌色面積が広めだ。


「アホ、あれは『憩い』の制服だっての。私服じゃねぇ」


 俺は「似合っている」と言われたことに対しての照れを表に出さないようにしながら、呆れ混じりの声で返答する。顔が赤くなっていないことを願うばかりだ。


「冴島たちも似合ってるじゃん。それぞれ自分の持ち味をわかってるって感じ? なぁ智樹」


「あー……うん。まぁそうだな」


「えっへっへー、ありがと唐草くん杉野くん。今日はボウリングだから、動きやすそうな服をチョイスしたんだぁ」


 冴島はそう言って、ニコニコと俺たちに笑顔を向ける。

 あいにく俺は景一みたいにドストレートに女子を褒める度胸はない。誰かの発言に同調するぐらいならできるけど、自分からは無理だ。からかわれたりしたら恥ずかしいし。


 だけど、何ごとにも例外というものは存在するもので、


「おはよう小日向。そのチェックの帽子、似合ってるぞ。可愛いと思う」


 俺はそんな恥ずかしいセリフを、一度も噛むことなくスラスラと言うことができた。


 きっと小日向は、俺の言葉を聞いても笑ったりバカにしたりしない――そう確信しているからだと思う。あとは俺自身、心の叫びが抑えきれなかったっていうのも理由のひとつ。


 冴島も小日向と同様に、別に笑ったりしないとは思うんだけど……なんだろうなこの違いは。自分でもわからん。

 しかし今日の小日向はいつにも増して可愛すぎやしないか? 気を抜けばお小遣いを渡してしまいそうだ。二万ぐらいでいいだろうか。


 俺の褒め言葉を耳に入れた小日向は、ほんのり頬を赤くしたあとに顔を俯かせ、照れ隠しなのかわからないが、俺の手をぺチと叩く。そして慌てた様子でスマホを弄り始めた。


「――なになに……『杉野、に当てる』?」


 小日向に見せられたスマホの画面には、そのよくわからない文字が並んでいた。

 俺に当てる――ってなんだ? いったい俺は何を当てられるんだ!?


「なぁ小日向、俺に当てるって、何を?」


 さすがに情報が少なくて内容を理解できなかったので、膝に手をつき、身体をかがめてから小日向に問いかけてみる。


 すると彼女は自分のスマホの画面を三度見ぐらいしてから、さらに顔を赤くした。そしてまた俺の手をペチリと叩いた。


「え、えぇ? 俺が悪いの?」


 ぷいっと、わかりやすく顔をそむける小日向を見て呆然としていると、景一と冴島が俺たちをニヤニヤとした表情で見ていることに気付いた。なんだその『全て理解した』みたいな顔は。


「今のは智樹が悪いなぁ」


「察しが悪いなぁ杉野くん、誤字ぐらいパッと理解してあげなくちゃ」


 そして二人は、俺に向かってそんなことを言ってくる。 誤字? あの文章はどこか間違っているってことか?



 小日向は『似合ってる』打とうとしていた――そのことに俺が気付いたのは、停留所にバスがやってきたころだった。



―――作者あとがき―――



小日向さんの可愛さが限界突破する……

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