第216話 モーニングコール

~~作者前書き~~


気付いている方もいらっしゃるかもしれませんが、

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(グーグルの画像検索でもたぶん見れます!)


~~~~~~~~~




 鼻と耳の寒さを感じつつ、俺はスマホのアラームで目を覚ました。


 枕元で鳴る軽快な音楽を人差し指で停止させてから、のそのそと身体を起こす。そして目元を擦りながら、一番にカーテンを開いた。


「……小日向がはしゃぎそうだ」


 五階の窓から見下ろす街並みは、積もった雪によって白く輝いている。窓に顔を近づけて道路を見てみると、車の通った部分だけアスファルトが露出していた。そこまで深く積もっているわけではないだろうけど、ちょっとした雪だるまぐらいはつくれそうな感じである。


 普段車を使っている人は嫌になるかもしれないけど、恋人候補がいる人間のクリスマスイブとしては、最高の天気だな。


 頭の中で雪だるまをペタペタと固める小日向を妄想していると、スマホがベッドの上で震え始めた。チャットかな――と思ったが、長い。


「朝から電話……? まだ七時過ぎだぞ、誰だ?」


 板についてしまった独り言を口にして、スマホを手に取る。画面に映されていたのは、通話の応答画面。表示されている名前は『小日向明日香』――っ!?


 こ、小日向からの電話だと!? 面と向かっていれば彼女の言いたいことはだいたいわかるけど、さすがに文明の利器越しではジェスチャーも見れないし、会話が成り立たんぞ!?


 そうは思いつつも、小日向からの電話を無視するという選択はありえないので、ひとまず応答ボタンをタッチしてからスマホを耳に当てる。


「――お、おはよ小日向」


 朝の挨拶をしてみると、耳に当てた受話口から嬉しそうな『ふすー』という鼻息が聞こえてくる。満足そうなことは伝わったけど、これ以降の会話が難しいぞ? 

しかしなぜ彼女は、こんな朝早くから電話を掛けてきたのだろうか?


『…………よ』


 とてもとても小さな声が聞こえてきた。

 せっかく普段無口な小日向が喋っているのだから、一発で聞き取ってあげたかったのだけど、起きて間もない俺は、つい「ん?」と聞き返してしまう。すると数秒後に、


『……おはよ智樹』


 はっきりとした――それでいて雪のようにまっさらで、濁りのない声が俺の鼓膜を震わす。彼女の声の調子から、特に用事があったわけではないということが、なんとなく伝わってきた。やはり俺は彼女限定でエスパーに目覚めているかもしれない。


『……雪、見た?』


「見た見た。ちょうどベッドから起きて、窓の外を見てたところだよ。少し積もってるな」


 なんとなく、電話の向こう側でコクコク頷く小日向が見えた気がしたので、そのまま俺は言葉を続ける。


「夕方までは俺の家の予定だったけど、少し雪で遊んでもいいな。小日向、好きだろこういうの?」


『……智樹と雪だるま作る』


「ははっ、りょーかい。じゃ、午前中は近くの公園で遊ぼうか。小日向の準備ができるころにそっちに向かえ行くから、また連絡してくれ」


 こりゃ早々に準備を終えないと、小日向からすぐに『来て』という連絡が来てしまいそうだ。あまり彼女を待たせたくはないから、超特急で準備を進めることにしよう。


 そう思いながらスマホに言葉を発していたのだけど、小日向からの返答は『来なくていい』だった。困惑する俺を他所に、彼女は言葉を続けた。


『いま、智樹のマンションの前にいる』


 まるで答え合わせをするかのように、地上で通り過ぎる車の排気音が、受話口から聞こえてきたのだった。どこのメ〇ーさんだお前は。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 エレベーターに乗り、俺の住む506号室にやってきた小日向は、真っ白なダウンをテキパキと慣れた様子でハンガーにかけて、寝室へと突撃。まだほんのり俺の温もりが残っているであろう布団に潜っていった。静止の声を掛ける暇もない流れるような素早い動きである。


「雪だるま作るんじゃないの?」


 頭まですっぽりと布団に潜ってしまった小日向に声を掛けると、にょきっとスマホが布団の隙間から飛び出してくる。


『充電中』


「何をだよ」


『智樹成分』


「俺の成分は皮膚から摂取可能なのか……知らなかったな」


 苦笑しながらそう言うと、彼女は布団から顔をひょっこりと出して、俺を手招きする。布団に入れってことだろうなぁ。一緒に寝ることがあるのだし、今更恥ずかしくはないからいいけど――いや、やっぱり少し恥ずかしいわ。未だに慣れない。


 仕方ないなぁという雰囲気を醸し出しつつ、苦笑しながら小日向の隣へ。


 コアラモードに入ってしまった小日向は、俺の背に手を回すとそのまま俺の唇へ頭突きを三度繰り返す。力加減は慣れたもので、そっと触れるような感じだ。


「……二度寝はダメだぞ?」


『智樹、いい匂い』


 スマホでそんな文面を見せてきた小日向は、俺の胸に顔を押し付けて深呼吸をし始める。くすぐったい。


「汗臭かったりしない?」


『いい匂い』


「さいですか」


『お持ち帰りしたい』


 俺は芳香剤じゃないんですよ小日向さん。

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